「はっとり」さんは1300-1400年前の律令制度の始めから、すでに日本にあった大変由緒あるお名前です。
ただ、その頃は、おそらく「服・部=はとり・べ」という、生地・衣服を扱う役所のことをそう呼んでおり、人名ではありませんでした。
ぢゃ?どーして、「服部」を「はっとり」と読むの?
「服部」がお役所であっても、人名であっても、最大のナゾはそこですね・・・
実は・・・というほどでもありませんが、「はたおり=機織」すると生地・衣服ができますね?
ちょっと、話がずれますが、大和言葉は二重母音を排斥します。
そこで、「HA・TA・O・RI→(A-O)が二重母音」です。どちらが落ちやすいでしょう?
古代の人は「は」と「り」を「A」をおとして、促音便でつまらせるのが合理的と考えたようです。
「ま~たテキトーに逃げてぇ~」
いやまったくそのとーりで・・・
しかし規則は下にお示しする事例をご覧いただければ、ケースバイケースかなーと
わかっていただけるのではと思います。
以前「尾小屋鉄道(現・小松バス)」にあった難読駅、「観音下=かながそ」。おそらくもともとは、「KAN・NON・GA・SUSO」だったと思います。この中で「KA/NNON/GA/SUSO」で母音の原型を残しているのは、KAとGAだけで途中の「NNON」は両脇の母音にはさまれて、つられて「NA」と「A」の音になり、「すそ」は言いやすい形になりました。
ですから、「はたおり・べ」さんは「はとり・(べ)」さんになり、のち「はとり」が促音便化、「べ」がとれて、律令省庁の血縁者から、始めは名前が広がっていったと思われます。
それにしても(ここでまた違う話)、「清少納言」。嫁ぎ先が「清家」で自分の「女官としての位」が「少納言」。ぢゃ、「おまえはいったい何者だ!!