服部さん | 余生庵 カラスの晴耕雨・読ぶろく…クンセイが肴

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残り少ない余生をテキトーにいきていくブログ
◇監修 左上野 老鶴 ◇GM 経田野 横鋤 ◇照明 当代元 蔵志
☆余生を送っている人間が書いている記事ですので、恐縮ですが
 「記事更新頑張りましょう」といったコメントにはお返事できま
  せん。

「はっとり」さんは1300-1400年前の律令制度の始めから、すでに日本にあった大変由緒あるお名前です。


ただ、その頃は、おそらく「服・部=はとり・べ」という、生地・衣服を扱う役所のことをそう呼んでおり、人名ではありませんでした。


ぢゃ?どーして、「服部」を「はっとり」と読むの?


「服部」がお役所であっても、人名であっても、最大のナゾはそこですね・・・


実は・・・というほどでもありませんが、「はたおり=機織」すると生地・衣服ができますね?


ちょっと、話がずれますが、大和言葉は二重母音を排斥します。

そこで、「HA・TA・O・RI→(A-O)が二重母音」です。どちらが落ちやすいでしょう?


古代の人は「は」と「り」を「A」をおとして、促音便でつまらせるのが合理的と考えたようです。

「ま~たテキトーに逃げてぇ~」

いやまったくそのとーりで・・・

しかし規則は下にお示しする事例をご覧いただければ、ケースバイケースかなーと

わかっていただけるのではと思います。


以前「尾小屋鉄道(現・小松バス)」にあった難読駅、「観音下=かながそ」。おそらくもともとは、「KAN・NON・GA・SUSO」だったと思います。この中で「KA/NNON/GA/SUSO」で母音の原型を残しているのは、KAとGAだけで途中の「NNON」は両脇の母音にはさまれて、つられて「NA」と「A」の音になり、「すそ」は言いやすい形になりました。


ですから、「はたおり・べ」さんは「はとり・(べ)」さんになり、のち「はとり」が促音便化、「べ」がとれて、律令省庁の血縁者から、始めは名前が広がっていったと思われます。


それにしても(ここでまた違う話)、「清少納言」。嫁ぎ先が「清家」で自分の「女官としての位」が「少納言」。ぢゃ、「おまえはいったい何者だ!!