純粋に医学的必要から、ある点眼液を使っている。

 

 この点眼液には、ある副作用がある。‒‒何と発毛するのである。正確には「発毛」ではなく、「いまある毛が伸びる」なのだが。

 

 点眼薬を使い始めてしばらくして、おのれの睫毛が通常の1.5倍になっていることに気付いた。いつの間にか世の女性が付け睫毛だら睫毛エクステだらで欲する長さレベルに達していたのだ。まさに人生初の長さである。やっぱりアレの(副作用の)せいであろう。それからハッと気づいた。

 

 これなら発毛剤として使えるのではないか!?

 

 例の問題に悩む世の男性(女性もいるか)も、まずそう思うであろう。調べてみると、やはりそう考えた人は多いようだった。しかし残念ながら頭髪には活用できないようであった(効果があるなら、画期的発毛剤として発売されていないはずがない)。

 

 

 私の睫毛は長い‒‒薬剤の副作用によるものだけど‒‒そう信じて胸を張って生きて幾年月。ある日、会社で三十代の男性と打ち合わせをしていて気づいた。

 

 この人の睫毛、すごくないか?

 

 長さ、濃さ、全てにおいてパーフェクト。付け睫毛には小さな三角になった「毛」が多数ついているが、なるほどこういう睫毛を模しているのかと、まさに目から鱗が落ちた。 

 さらに下睫毛も並みではない。長さ、濃さ、全てにおいて私の人生で三本の指に入る見事さである(いや、たぶんナンバーワン)。

 

 打ち合わせが終わり、手洗いに立ったとき、洗面台の鏡に映る自分の睫毛を見て私は思った。

 

 こんなの睫毛じゃない!!

 

 私は毎朝使っていたビューラーを心の中で投げ捨てた。

 

 それ以来、その男性と打ち合わせをするたび、私は落ち着かなくなる。

 この素晴らしい睫毛をくりんと巻き上げてみたい……私の手は幻のビューラーを探すのである。