突然呼び捨てにされ、体の中心から大量の血が流れ出すのを感じる。
でもその言い方は、名前を呼んでいる風ではなく、あきひろという言葉を口にしているような単品感だった。でも僕的にはそれは名前だ。心臓はまだコクンと暴れている。「はい。あきひろ、です」柳沼さんは瞳を動かさず視線だけ上げて
「春夏秋冬の、秋?」と聞いた。
なんでそんな事が気になるのだろうと思いながら「秋に生まれる予定で秋の字を使ったけど、早産で夏生まれです」と、母親から三十回ほど聞かされた話を職場ではじめて口にした。横の席で市井が「早産」と笑う。「せっかちやのう」と内田さんも笑ったが、柳沼さんは
「夏と秋の境目って、突然きますよね」と小さく口元をあげた。
境目? 季節に? 僕はどう反応して良いかわからず、チラリと内田さんと市井を見たが、二人とも柳沼さんのアンサーより僕の早生まれというワードに反応して笑っていた。僕は柳沼さんに「はは」と、あごを軽く前に出して会釈した。「ほな始めるで」内田さんは柳沼さんの肩に、ぬめりと手を置いて座らせた。
「一週間」
市井は箸を一本たてた。
「一週間で内田さんがイヤになって辞める。完全に気に入られてる」
僕は自信満々で箸をふらつかせる市井を無視して「頑張ってほしいねえ」と口先だけで言った。正直どうでも良いのだ。柳沼さんが内田さんにセクハラされようと、仕事を明日辞めようと、三年居ようと、僕にはアフリカの砂漠で井戸が掘られてる話と同等レベル。柳沼さんも市井も内田さんも、僕の中で【その他】だ。必要以上に興味を持っても疲れるだけ。
「前に辞めた森下ちゃんは可哀想だったよな。車で拉致は犯罪だろう」
先月辞めた女の子は、内田さんに帰り間際に車に無理矢理乗せられ(本人曰く)見たくもない夜景を一時間見せられ「怖くて無理」と辞めていった。正しい判断だと思う。
「確かにあれは可哀想だったな」
あまり興味ないが、興味ないよと言って「冷たいヤツだな」と詮索されるのも面倒だ。必要最低限の反応は自分自身を救う。
「でも社長もさ、どうして内田さんを首にしないのかなあ。どう考えてクビにすべきだろ?」
市井は食事の間、内田さんがちょっかいを出した女の話をずっと続けていた。僕はその話に相槌をうち、たまには最もだと首をふって笑った。一人で話をして進んでいく人間は好きだ。反応さえ間違えなければ、僕は何もしなくて良い。何より僕が話すより、僕以外の人間が話したほうが面白いのだ。僕は僕の話に一番興味がない。