「何が食べたい? なんでも作るよ」
母親に言われて私は即答した。おにぎり、お母さんのつくったおにぎり食べたいわ。
母親はそんなんでいいの? と笑いながらすぐににぎってくれた。そのおにぎりは丁度よい硬さで、大きさも厚さも手にすっぽり入って美味しかった。
息子が幼稚園に行くようになり、週に何回かお弁当を作っている。
息子は悲しいほど食が細く、つくってもあまり食べない。よって食べてくれるものでお弁当を作ってしまうのだが、おにぎりは毎回いれる。息子の作るついでに自分の分のおにぎりも作るのだが、これが悲しいほどただの米の塊だ。おにぎりじゃない。
私が実家にいたころ、母親が作ってくれたおにぎりはこうじゃなかった。少なくともただの米の塊!だと思ったりしなかった。おにぎりだった。
もうちょっと米が多いのか? と大きめに握っても、違う。もうちょっと柔らかくか? とゆるめに握ったらこぼれ落ちた。違う。
先日帰省して、母親におにぎりを食べた。美味しい~。これだ、これ。まねして隣で握ってみるが、違う。もう判らない。正直場数だろう。なんか私のおにぎりは米粒がつぶれてる気がする。母親のおにぎりは米がつぶれない気がする。
卵焼きや他の料理は「おおさじ1、こさじ2」とか作り方がある。でもおにぎりはない。
前にテレビを見ていたら、手には無限の細菌がついていて、有名寿司店とかの人は、その細菌が優れてると聞いた。
長く母親をすると、すんごい細菌が手に繁殖するのだろうか。私の手にいるのは、まだ一年生だ。
自分の手に語りかける。おいこら、美味しいおにぎり作りたいぞ。
手が返す。
「まだまだじゃ、ぼけ」
そうですね。まったくその通りだ。