甘き涙と時の華 | カラッポのマネキン

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 なぜ親は子供の成長に涙するのだろう。
 今日は幼稚園の「先生一年間ありがとう」の会があった。
 先生が一年のまとめを話し、まず泣く。
 そして保護者が一言ずつ…といっても一人一分くらい語る。
「うちの子は最初幼稚園が嫌いで…でもマミ先生のおかげで、最近は今日は熱があるからお休みよと言っても行くと園服を着て寝るんです」
 そして泣く。圧倒されるレベルの涙大会だ。
 私はドライなので、全く泣かずヘラヘラ…うそです、先生のスピーチに泣きました。反則レベルの語り。いつも必死に子供追ってる先生も一年目だったとは。知りませんでした。
 あまりに皆わが子の成長を語りながら泣くので、なぜ親という生き物(とくに母親)は、子供の成長に涙するのか考えてみた。
 母親は生まれる前から、子供と一緒だ。お腹が大きくなり、やがて出てきて、毎日泣いて寝不足で、それでも小言ばあさんになりながら子供を追い、やっとこ幼稚園に入れる。その子はやがて気分で着れなかった服をきて、靴をはく。そしてカバンをかけて自分で歩き出す。ご飯ひとつ一人で食べれなかった子が。

 逆に言うと、ご飯ひとつ一人で食べれなかった子供には、もう二度と会うことはできない。

 それを自覚して泣くのだろう。
 成長とは、未熟を消す行為。未熟とは人の手が必要な状態。それはもう二度とない期間。
 子供が離れていく。嬉しい、悲しい、二度と見れない。
 だから泣くのかなと思った。
 私も息子の二度と見れない愛すべき姿を沢山覚えてる。
 あれはもう二度と見れない。
 それは本当に嬉しく、でももう二度と食べれない甘き果実だったのかも知れない。