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優れた美人になるために

32歳になってからはじめた(2008年4月スタート)歯列矯正の日記です

先の日記に書いたように4月からは主婦というか無職の予定だったが、あれよあれよという間に運良く希望条件を満たす仕事が見つかって、1日から新しい職場で働き始めている。


別部署だが同じように1日からスタートした女性がおり、ふたりでランチをすることとなった。他人と食事をすると毎回自分の歯に食べ物が詰まるのが気になるのだが仕方がない。というか、以前はかなり気にして、カフェに入っても一人だけケーキは頼まずお茶のみなんてこともあったが、最近はわりとどうでもよくなってきたりしている。(相手のほうが気になっているかもしれない)


食事を終えた後、内心「早く歯磨きしたいなー」と思いながらおしゃべりをしていると、同僚のほうから「歯磨き行きますか?」と提案してくれた。


私の考えていることがよくわかったなー、っていうかよほど歯が汚かったのだろうか、と思っていたら、「私も矯正してたんだー」とのこと。つい最近までブラケットが付いていたらしい。就寝中はヘッドギアをしたりと結構大変だったようだが、無事ブラケットを卒業し、今は裏側から補定しているそう。びしっと模型みたいなすばらしい歯並びである。そんな彼女のブラケット生活は5年程度だったらしい。。「もうちょっとで外れますね」と先生に言われて期待していたのに、それからさらに1年、とかそんな感じでなかなかすぐには外れない、とのこと。


前の会社でもリテーナーの人がいたが、彼女もブラケット5年か6年と話していた。通常ブラケットは2,3年で終わるというが、私の周りがたまたま長期治療の人なのだろうか。確かに今の自分の歯並びを見ていると、私も5年ぐらいかかりそうな気もするけど。


最近ある疑念があり、それは「歯並びが一向に良くならないのは安い矯正歯科だからだろうか」ということである。インプラントもやらないし、ゴムがけさえ未経験だ。人のブログを読んで様々な技術と器具を駆使している様子を見るとなんともうらやましい。私は「ワイヤー・ブラケット・パワーチェーン」のみである。


同僚にそのことを話してみると「そういう(歯が動かない)時もある」と言ってから、彼女の友人の話をしてくれた。その友人は現在裏側矯正をしているそうだが、数カ月過ぎたあたりから全く歯が動かないらしい。そして「裏側だから動かないのかも」とぼやいているそう。


結局どの人も歯が動かない理由をそれぞれ勝手に推測しているようである。なあんだ、みんなそうなのかと思うと今の状況をすんなり納得することができた。仮に治療費が高いところで治療していて、もし今みたいに歯が動かなかったら、それはそれで腹が立つんだろうな。


矯正をはじめてからもうすぐ一年になる。

もうちょっと鼻が高ければ、もうちょっと目が大きければ、という美容外科のCMもみたことがある。もし・・・だったら、と考えるとき私たちは必ず今よりずっとすばらしい人生を想定する。裕福だったかもしれない、幸せな生活があったのかもしれない、多くの人に愛されていたかもしれない。もし・・・だったらの世界では、決して不幸なことは起こってはいけないのだ。


現在治療中の歯列矯正も「もし歯並びがよかったら」と想像した結果やりはじめたことである。当然そこには自分の身にふりかかる不幸なことは考えない。歯並びを良くしたことで起こる悪い結果は想定外ということだ。


大人になってある程度自由になると「もし・・・だったら」で考えていた自分の嫌な部分を可能な限り修正したいと思うようになる。たとえば「もしこんなに無駄毛がなかったら・・・」で脱毛をしたり、「もし英語がもっと話せたら・・・」で英会話に通ったりしているわけだ。


しかし、そうはいかないこともある。私がよく夢想するのは、あと10センチ背が低かったら、である。今とは全く違う生活を送っていたのではないか。人生が変わっていたのではないか。


先日測った身長が170センチになっていた。ずっと169だと思っていたのに、気がつかない間に伸びていたらしい。33にもなってなぜ伸びているのか、そもそも今までの測定が誤りだったのかよくわからないが、とにかく私はがっくりとしてしまった。これ以上もう身長は伸びなくていい。というか縮んだらいいのに、と思う。この日本人女性の平均よりはるかに高い身長が私の人生において多少ならずとも影響を与えてきたのは否めない。


次から挙げるのは背が高いことで遭遇してしまう事例である。本当にささいなことなのだが、背が高いというだけでこういう悩みも実はあるのである。


1、へんに目立つ


背が高いというだけで、私はどこに行ってもすぐに覚えられてしまう。これはいいこともあるが、面倒くさいことでもある。目立たずに行動したい、と思っていてもそうはいかないからだ。学生時代など全く知らない人から「顔知っているよ。XXのクラスに出席していたよね」と言われることは頻繁にあったし、「こないだ**に出かけてたでしょう」とか常にいろんな人から注目の的とは言わなくても、目についてしまうしまっているのである。そして、これは社会人として非常にやっかいなことなのである。こちらは知らないのに向こうは知っている、と言う場合があると、私は社外で同僚にすれ違った時などに挨拶をしていないわけで、それは失礼な人というレッテルを貼られることになるからだ。


2、体力がある・運動能力が高いと思われる


私はスポーツがまるっきりできない。体力もないしすぐに疲れる。スポーツに興味もないし、外に出かけるのなら家でネットをしているのが好きな人間だ。帰宅部だったので団体で何かをやるのも苦手で、体育会系とは全く相いれない。


しかし、体育会系の人間が同類と勘違いし、親しげに話しかけてくることが多い。休日のフットサル、バレー、スキーなどに誘われたりする。断わっていくうちに誘われなくなるが、相手が「この人、なんか想像していた感じと違うな・・・」とがっかりしているのがわかるのが悲しい。


3、服に困る


市場にでまわっている服は世の中の平均的な体型をもとに作られているので、とにかく短い。ひざ丈スカートはミニ丈になる。長袖は8分丈になる。短めのトップスは腹・背中が出る。靴に関しても、サイズに困るし(服のようにごまかしがきかない)、ヒールが高かったりするとあきらめるしかない。


特にかなしかったのが成人式と結婚式である。振袖とウェディングドレスというせいいっぱい自分好みに着飾りたいときに、自分がのぞむような衣装を手に入れることはむずかしい。モデルサイズ、クイーンサイズとよばれる背の高い人向けの衣装はごくわずかでデザインも限定される。無理をして着てみてもドレスのすそがあがり、足が見えてしまう始末なのだ。「ああ、私って規格外の女なんだ」と痛感する。


4、ラブチャンスが減る


清少納言も枕草子で「ちひさきものはみなうつくし」と書いているとおり、平安時代から日本人は「小さい=かわいい」の文化である。背が低い、はなんといっても断然男受けはいいと思う。実際、私自身も背が低い人をかわいいと思っている。逆に背が高いとどんな印象を他者に与えるのだろうか。気が強そうとか、とっつきにくさや威圧感を相手に少なからず与えてはいないだろうか。そのせいで背の低い人、平均の人と比べると、高身長は異性からお声がかかることも少ないだろう。もし私が10センチ背が低かったらもっと男性からもてていたんじゃないだろうか。



数年前のことだ。出勤前で朝の身支度を整えながら偶然つけていためざましTVであるアイドルグループのデビューをとりあげていた。身長150センチ以下ばかりをあつめたアイドル、ミニモニ。である。メンバーの中のひとり(矢口真理)が大きな声で言ったのだ。「小さいけどがんばってるもん!」。


じゃあ私も言わせてもらうが「大きいけどがんばってるもん」である。しかし、でかい女がこう言ったところで、だれもかわいいとは思ってくれないのだ。



つらつらと恨み事のように書いてきたが、背が高いから損だとか得だとかは結局のところないと思う。どんな人間でもあってもどこかにコンプレックスはあるし、そのせいで卑屈になってもしょうがない。ただ、少しは人生が違っていたんじゃないかなーと思う。160センチの私は幸せでかわいくて愛されているのだ。


つづき。


・子宮癌検査


生理でも検査できるらしく、はじめに女医さんによる問診を行い、「何か気になることはありますか?」と聞かれるので、「生理痛がひどい時がちょっとある」と答える。それから隣の部屋に移動し、下を脱いでからそのまま椅子に座る。背が倒れ足が自動で開くようになっていて、カーテン越しにさっきの医師が機械を入れ、そして指で内診。お互い顔は全く見えない状態なのだが、さっき会ったので顔は知っているんだけど、やはりプライバシーを配慮しているんだろうな。終わってから先生に「どこも異常はないですよー」と言われ終了。


・診察


最後に行ったのが診察である。男性医師だったが、胸元を軽くあける程度で聴診器をあててもらい、バストをさらすことはなかった。ありがたい。ここも異常ないということであっという間に終了。


これですべての診察はで終了である。所要時間は一時間半。いろいろやったがあっという間に進んでいくので、こんな短時間で検査終了である。


三井タワークリニックはきれいだし、看護師や医師の態度もよかったのでぜひ次回も利用したい。後日診断結果が送られてくるので、それを楽しみに待つことにする。