エキテンで、屋号として掲載して活動始めました。
中国語だけでなく、外国語を学んで効果を上げる1回限定講座とか、ナンバーシステム・カンフーなどのメニューもあります。
私は誇大広告したくないし、私自身が把握できないほどの人が入ってくるのも質に関わるので嫌なのですが、効果や内容には自負があるので興味のあるかたは是非。
エキテンで、屋号として掲載して活動始めました。
中国語だけでなく、外国語を学んで効果を上げる1回限定講座とか、ナンバーシステム・カンフーなどのメニューもあります。
私は誇大広告したくないし、私自身が把握できないほどの人が入ってくるのも質に関わるので嫌なのですが、効果や内容には自負があるので興味のあるかたは是非。
動物が進化の過程で「愛情」を持ってしまうのはおかしいと以前書きました。
弱肉強食の世界でそれを持つことは、不利だからです。
同じように人間が「良心」を持っているのも、よく考えるとおかしいのです。
「オレオレ詐欺」などで、老人が人生で蓄えた老後の貯金を騙し取る。そんな時、普通の人間は「なんて酷いことを」という気持ちが芽生えます。
しかし。
弱肉強食が世の原則であるならば、世の中で新しく起こっていることを研究したり対応したりしようとせず、スマホも使えないネットも知らないような不勉強な老人は、明らかな弱者。
それどころか自分のいる時代には存在しなかったという理由だけで「私たちの時代にはそんなのものなかった。全く必要ない」などと、それを開発し利用している人たちまで批判している結果がそれなら、同情の余地などありません。
でもそれでも、私たちはそうした老人を詐欺で騙すのは当然ではなく非道なことだという「良心」を持っています。
「良心」とは、人を理不尽な目に遭わせてはいけないという平等の精神が元になっていますが、そもそも弱肉強食の世界からは生まれてくるはずのないものなのです。
アメリカのテレビで、更生できない不良少年を凶悪犯の収監された刑務所に放り込むという番組がありました。
凶悪犯たちは少年少女を恫喝しますが、本音は「俺はもうここで一生を暮さなければならない。でも、お前たちはまだやり直せる。こんなところに、入ってくるんじゃない」という「慈悲の心」だったのです。
「自分の人生がメチャクチャになったから、同類が増えてくれれば嬉しい」では、ないのです。
もう一生の希望がないような凶悪犯たちでさえ、自分がまったく得をしなくても、自分と何の関係もない人たちの未来の幸せを祈る気持ちがまだ残っているのです。
そこに気づき開発する道を誤っただけで、彼らにも良心が消えることはありません。
なので刑務所も、苦痛や罰を与える場ではなく、良心を自覚させ社会教育をやり直す場でなくてはなりません。
「良心」もまた、何らかの意図で設定しない限り存在していることがありえない、不思議な存在なのです。