「マーダーボット・ダイアリー」シリーズ。
マーサ・ウェルズ(Martha Wells)、中原尚哉訳、創元SF文庫
本作は一人称で語られる物語であり、主人公の弊機(へいき)くんは基本的に自分のことをあまり説明しない。
「腕が取れました」とか「股関節が壊れて歩けません」とか己の状態に言及することはあれど、背が高いとか低いとか、青い目が欲しいとかそばかすなんて気にしないわとか、もちろんそんな供述はなく、外見は完全に読者の想像に委ねられている。
だからこそ勃発したとも言える「弊機ちゃん可愛い女の子説」については以前記した通りであるが、個人的には当初から弊機くんが可愛い女子体型であるはずはないだろうと思っていた。理由は以下の通り。
・弊機くんはSecUnit(警備ロボット)として規格化されたボディを持っている。
・当該規格は、人間と兵装や車両を共有する前提なので(人間用のサイズに作られたものをそのまま使える。手のサイズが合わなかったり操縦席に体が収まらなかったりすると警備のための行動に支障が出る)、一般的な人間の成人と同様の体格であることが合理的である。
・警備ロボットは金属のフレームと人工的な骨による構造体で(脳や内臓、上半身の一部は人間由来の有機物)、一般的に金属量や骨量が多いほど強度は上がると考えられる。また武器や動力源を体内に内蔵するため、体躯の体積は大きいに超したことはない。よって、人間の成人女性よりも成人男性に似せてボディを設計するほうが、強度も上がるし動力パワーも確保できる。
証明終わり。
Murderbotのファンダムサイトに掲載されている各国で出版されたシリーズ書籍の表紙イラストを見ると、日本における弊機くんビジュアルはかなり異端であるのがわかる。
Kawaii文化の国・COOL JAPAN以外では全体的に「幻魔大戦」のベガ味を感じる造形で、ヘブライ語版(Hebrew Cover)なんてどこのマット・デイモンかと思う出来映え。え? 弊機くんって出身は火星の人?
なお、本国アメリカで出版された小説愛蔵版のイラストはTommy Arnold氏が手がけており、これが現在、一番オフィシャルに近い位置にある弊機くんのイメージではないかと思われる。
https://www.artstation.com/artwork/RyVJRy
まあ、女子ではないな。
【原作における弊機くんの外見への言及】
創元SF文庫4冊目「逃亡テレメトリー」に収録された短編「ホーム――それは居住施設、有効範囲、生態的地位、あるいは陣地」は、一人称ではない三人称の語り口となっており、ごくわずかに弊機くんの様子が描写されている。
警備ユニットの口調は穏やかでごく自然。そして自信たっぷりだ。こういう対応に慣れている。さりげなく前に出て細身の体でアイーダを隠す。(234ページ)
原文にあたるとこう。
SecUnit’s voice is even and conversational. And confident. This is a confrontation it knows how to handle. It’s slipped in front of her, reassuring lean bulk between her and the intruder. (”Home: Habitat, Range, Niche, Territor” より)
「細身の体」は「lean bulk」に対応する訳であり、ほっそり華奢で、というよりは、いわゆる細マッチョを想起すべきでしょうね。少なくともターミネーターみたいなゴリマッチョではないですよ、という。
またその直前、アイーダ(1巻から登場するメンサー博士のこと)が突然現れた侵入者に驚き後ずさった場面ではこうなる。
あとずさろうとして、だれかの胸にぶつかった。(233ページ)
(原文→She takes a step back and bumps into someone’s chest.)
だれかとはメンサー博士の危険を察してカンマ数秒で駆けつけた弊機くん。成人女性のメンサー博士の頭または顔が弊機くんの胸にぶつかったということなので、弊機くんの身長はやはり高い部類であろうと推測できる。
なお「Home: (略)」の原文は、下記サイトでフリーで読むことができます。
一人称の物語だと、弊機くんは愚痴ったり自信なさげだったりコミュ障だったりとすっかりそういうイメージだったのに、三人称になったとたんに「口調は穏やかでごく自然。そして自信たっぷり」である、このギャップ!
【弊機くん実写化】
昨年末に、Apple TV+でドラマ化されることが発表されたマーダーボット・ダイアリー。弊機くんはアレクサンダー・スカルスガルド氏が演じるそうです。
身長194cm……? 思ってたよりさらにでかい……?