或る日の夜 | 行く河の流れ

行く河の流れ

行く川のながれは絶えずして、しかも本の水にあらず。よどみに浮ぶうたかたは、かつ消えかつ結びて久しくとゞまることなし。

 「ねぇ、遠くにいて仲の良い恋人と、近くにいるんだけど喧嘩ばかりする恋人とならどっちがいい?」
 電話ごしに彼女はそれまでの会話を無視するかのように聞いてきた。それは僕の心を覗き込む目のような声だった。
 彼女の望む答えは分かっていた。分かってはいたが、理解できなかった。僕の思う答えの方と逆の答えだったし、何より彼女は自分の答えと反対の答えを僕が選ぶだろうということを知って、この質問を聞いてきたのが分かっていたからだ。
 僕は素直に自分の思う方の答えを彼女に告げた。当然のように彼女はその答えと反対の答えを声にした。しばらくお互いの答えについて話し合った後、何事もなかったかのように、いつもの会話に戻っていった。
 電話を切った後、部屋のベッドに寝転がり天井を見上げた。右手にはそれまで話をしていた携帯電話がそのまま握られていた。