「武士道」再考 | 行く河の流れ

行く河の流れ

行く川のながれは絶えずして、しかも本の水にあらず。よどみに浮ぶうたかたは、かつ消えかつ結びて久しくとゞまることなし。

 武士道の基本的な徳目を章ごとにまとめてきた。そこには見事なまでの「武士としての生き方」が見て取れた。なんて「品格」のある生き方なのだと。
 現在の風潮として「合理主義」「科学至上主義」「個人主義」「金銭至上主義」「能力主義」などのアメリカやヨーロッパから入ってきた価値観がある。その一方で極端にそれに対抗するような考えを持つ人もいる。「栄光、地位、名誉、金」何もかも「いらない」とする立場の人間である。
 極端であると思う。守るべきモノは守るべきである。武士は何を守ってきたのか?それはまとめてきた各徳目の「最小限」を頑なに守ってきたのである。
 『武士道』を読む以前から感じていたことがある。「お金はあるに超したことはないけど、必要最低限でもいい。地位も分不相応なものはいらない。でも『名誉』っていうものはあっても良いのではないか?」ということだった。
 本当の名誉の為に生きる。それは素晴らしいことなのではないか?何が名誉になるか?その「本当の姿」を探す行為こそ道徳であり、哲学である。
 今の価値観だと何もかも棄てすぎている。中身が何もなくなってしまっている。つまり「こころ」という殻だけがぽっかり残ってしまい、何にすがって生きれば良いのかわからないのである。人は自分だけでは生きられないという。もちろん周りの人間関係、社会の中で生きていくしかないという意味でも受け止められるが、眼には見えないモノの頼りがいは自分が決めていける。そのヒントが『武士道』には隠されていた。僕は何として忠実に生きていくか?