こんにちは。
今日もハーモニー経営に関するお話です。
ハーモニー経営の一端を垣間見ていただくために
ある中小企業社長の苦難、そしてそこから這い上がる物語、第3話です。
再び「心に響く経営」を取り戻すために
― 吉村社長の再出発の物語 ―
決算の数字は、かろうじて黒字であった。
しかし、どこか誇れなかった。
報告書を閉じたあとも、胸の奥に残るのは「これでいいのか」という声であった。
吉村社長は創業から二十年、日本の産業界の縁の下の力持ちとして自負をもってこの製造業の会社を支えてきた。
受注は安定し、社員数も五十名を超えた。
かつて夜遅くまで現場に立ち、汗だくで新しい製品を試作していた頃を思えば、確かに会社は成長した。
しかし数字の安定とともに、社内から熱が消えていくのを彼は感じていたのである。
1.静かな違和感
ある日、久しぶりに製造現場を歩いた。
新しい機械が並び、整理整頓も行き届いていた。
しかし社員の視線は短く、挨拶も形式的であった。
「お疲れさん、どうだ、忙しいか?」
と声をかけても、
「まあ、ぼちぼちです」と短く返ってくるだけであった。
その“ぼちぼち”の中に、かつてのような誇りや挑戦心の響きはなかった。
それよりも、“無難にやり過ごす”という空気が漂っていた。
社長室に戻ると、胸の奥に沈殿するような静けさがあった。
数字では測れない“何か”が、確実に失われている――。
その感覚が、じわじわと広がっていったのである。
2.原点への小さな回帰
夜、机の引き出しを整理していると、古びたノートが出てきた。
創業初期の「経営メモ」であった。
そこには拙い字でこう書かれていた。
「社員と一緒に、いいものをつくりたい。
お客様に喜んでもらうことが、俺たちの存在理由だ。」
思わず笑みがこぼれた。
しかし次の瞬間、心が沈んだ。
「今の俺は、こういう言葉を社員に言えているだろうか……?」
読み返すうちに、懐かしさとともに苦い思いもこみ上げてきた。
あの頃は理想ばかり語っていた、と自嘲する気持ちが顔を出した。
現実の経営は甘くない。理想論だけでは人も金も動かせない――。
そう思い、ノートを閉じようとした。
しかし最後のページの言葉が目に刺さった。
「苦しいときほど、心を大切に。」
その一文を見た瞬間、吉村の胸の奥で何かがかすかに鳴った。
それは長く忘れていた音であった。
3.「無音の会議」
翌週の経営会議。
議題はいつも通り、売上・原価・稼働率の報告であった。
幹部たちは資料を見ながら冷静に数値を読み上げていった。
吉村はその光景を見つめながら、ふと気づいた。
――誰も、言葉を交わしていない。
沈黙の合間に聞こえるのは、紙をめくる音と時計の針の音だけ。
誰もが「言われたことを淡々とこなす」モードに入っていた。
それは、かつての熱気ある会議とはまるで別物であった。
以前は失敗してもいいから意見を出そうという空気があった。
しかし今は「波風を立てない」ことが優先されていた。
会議が終わったあと、吉村は一人つぶやいた。
「この無音を作ったのは、俺だな……」
いつの間にか、自分が“正しい答えを持つ人”になっていた。
社員が自由に話せないのは、反論を許さない雰囲気を自分が作ったからである。
気づいたとき、胸の奥に少しだけ風が吹き抜けた。
痛みを伴う、しかし確かな風であった。
4.現場の声
数日後、現場で若手社員に声をかけた。
「何か困っていることはあるか?」
「そうですね……。まあ、どうせ申し上げても…」
その一言に心が固まった。
“どうせ変わらない”。
それは組織が希望を失ったときに出る言葉である。
その夜、吉村は自宅の書斎で長く考え込んだ。
現場の声を聞かなくなったのはいつからであろうか。
「聞いてもどうせ理解されない」と思っていたのは、実は自分のほうだったのかもしれない。
翌朝、決めた。
「一度、原点に戻ろう。」
5.小さな再生の始まり
吉村は幹部に声をかけ、現場に一緒に入るようにした。
最初はぎこちなかった。
社員も「また社長の思いつきか」と半信半疑であった。
しかし続けていくうちに、空気が変わるときが来た。
ある社員が製品の改良提案をしてきた。
吉村は意識して「いいね、それ」と言った。
その一言が現場の空気を少し柔らかくした。
──しかし、それはほんの一瞬であった。
社長がその場を離れると、別の社員がぽつりとつぶやいた。
「どうせまた途中で終わるんだろう。」
その言葉がかすかに吉村の耳に届いた。胸が痛んだ。
確かにこれまでも“改革”という言葉を何度か使ってきた。
そのたびに途中で忙しさに流され、うやむやになっていたのである。
社員たちは、それをちゃんと見ていた。
「信頼とは、言葉ではなく積み重ねなのだ……」
帰りの車の中で、吉村はそうつぶやいた。
焦る気持ちを抑え、翌日も現場に入り続けた。
無理に声をかけるのをやめ、代わりにただ現場を見て回った。
朝のミーティングに顔を出し、雑談を聞き、黙って作業を眺めた。
すると数日後、ふとした瞬間に変化があった。
先日の提案をした社員が吉村に話しかけてきた。
「社長、あの試作品、うまくいきそうです。ちょっと見てもらえますか?」
吉村は静かにうなずき、現場に足を運んだ。
社員の手元には試行錯誤の跡が残る図面。
その横顔に、かつての“若いころの自分”を見た気がした。
「いいな……。そういうの、懐かしいな。」
その言葉に社員は少し驚いた顔をした。
そして、ほんの少しだけ笑った。
まだ共鳴とは呼べない。
しかし確かに何かが動き始めていた。
それは静かで壊れやすい、小さな音であった。
しかし吉村は、その音を聞き逃さなかった。
そして、以前「どうせまた途中で終わるんだろう」とつぶやいた社員が、社長と話をした社員のところに寄ってきた。
工場内の通路を曲がったとき、その光景が吉村の目に映った。
二人が図面を覗き込みながら、何かを語り合っていた。
その姿は、ほんのわずかではあるが、かつての“ものづくりの熱”を思わせるものであった。
――もう一度、心を大事にした経営をしよう。
その決意が、胸の奥で静かに確かな形を取り始めていたのである。
6.経営者としての再生
ある夜、吉村は工場の前で立ち止まった。
風に乗って、機械の音が微かに響いていた。
そのリズムが、どこか音楽のように聞こえた。
思えば、経営とは音を合わせることに似ている。
誰かが強すぎても、弱すぎても、調和は崩れる。
しかし互いの音を聴き合えば、ひとつの旋律が生まれる。
自分が聞こうとしなかった音が、今ようやく聞こえる気がした。
彼は夜空を見上げ、静かに言った。
「もう一度、心を大事にした経営をしよう。」
その言葉は、自分に対する誓いであり、これからの会社への約束でもあった。
工場の灯りが、どこか温かく見えた。
その光は、確かに“再生”の色をしていたのである。
結び
この夜を境に、吉村社長は“数字の経営”から“響きの経営”へと一歩を踏み出した。
経営とは、心の音を取り戻す旅である。
(つづく)
詳細原文は
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