相馬直樹・新監督が発表されました。
これで、ひと通りの発表は終わりかと思います。あとは、海外移籍等、自ら進んで移籍を試みる選手を残すのみとなりましたので、これから、新監督、退団選手、そして、ツトさんについて、思うところを書いてみます。今日は新監督について語ってみます。
新監督「☆の人」相馬直樹さん
このブログ、山形サポの方も、川崎近隣以外の川崎サポの方もご覧頂いています。で、「☆の人って何よ?」と思いますよね。他ブログも一様に「☆の人」って書いてます。まずは、その理由を紹介しましょう。
相馬さんが2005年に川崎で現役を終えた後、川崎の応援番組『ファイト!川崎フロンターレ』で「相馬の星」というコーナーを担当、そこでプレー分析をやってたんです。今のアフゲー(JAGS)での「技術委員会(by野々村)」のようなことを毎週やってました。
但し、ちょっと方法が変わっていて、視聴者がプレー分析を投稿し、それを受けて相馬さんが解説、投稿された視聴者の分析に☆を付けるという複雑なコーナーです。プレーへの☆ではなく、プレー分析に☆を付けていたんです。で、コーナーの時に、「☆の人、相馬直樹さんです!」って紹介されてたんで、みんなが「☆の人」って呼ぶんです。
あ~、長い説明になりました。
さて、相馬さんを語る前に、これまでのフロンターレを語ってみましょう。
フロンターレをここまで押し上げた関塚さんは、選手個人の力を引き出すサッカーをやってきたと思います。
就任当初の2004年は、マルクスのセットプレーにいかに持ち込むか、ジュニーニョの走力にいかに結び付けるか、ジュニがマークされた時にどうするか(ガナを使いました)、概ねこの3つの力でJ2を独走優勝したと思います。他の選手は、ひたすら守るだけでした。ジュニ37点、マルクス18点、ガナ22点。分断サッカー元年です。
J1初年度の2005年、基本的に2004年を踏襲しましたが、相手はJ1、J2時代のようにはいきません。ジュニもガナも潰されるケースが増えました。そして、そこに登場したのがタニでした。流れの中での第3オプションの誕生。そして、ケンゴの育成開始。ジュニ16点、マルクス9点、ガナ6点、タニ5点。
2006年、W杯の中断期間にマルクスが退団というアクシデント?、そして、マギヌン加入。ここでサッカーがちょっと変わりました。以前は、ジュニ、ガナ、マルクスの3人で得点する分断サッカーでしたが、ジュニ、ガナ、マギヌン、ケンゴかタニで攻めるサッカーへ進化。攻撃がちょっとだけ分厚くなりました。ジュニ20点、ガナ18点、タニ13点、ケンゴ10点、マルクス&マギヌン7点、クロ7点。
こういうサッカーはJでは珍しく、相手チームは度肝を抜いた感じで、このシーズンに川崎にとってJ1での最高勝ち点を積み上げています。
2007年、やってるサッカーは同じ分断サッカーでしたが、さすがに研究されます。ガナは得点できなくなり、タニも封じられました。ACLの過密日程もこたえました。が、テセという新戦力がジュニの相棒としてブレイク。新守護神・川島の加入も大きかったでしょう。何とか5位に踏みとどまりました。ジュニ22点、テセ12点、マギヌン7点。
2008年、関さんが病気で退任という大アクシデントに見舞われました。前年でマギヌン契約終了、代わりに復帰したフッキの電撃退団も痛かった。それでも、ケンゴが急成長し、テセやタニを操れるようになり、この両者が得点を量産しました。ヴィト、ヘナの加入も大きかったと思います(フッキに比べれば弱いですが)。メンバーは代わりましたが、分断サッカーは続きます。テセ14点、ジュニ12点、タニ10点、ヘナ&ヴィト7点。
2009年、関さん復帰で、おそらく、タイトルに最も近かったシーズンだと思います。ケンゴのパフォーマンスが最高のシーズン、ジュニ17点、テセ14点、ヘナ9点、タニ8点。分断サッカーとはいえ、相当に分厚い攻撃でした。しかし、てっちゃん的には「楽勝」を予定していたナビスコ決勝に敗戦、リーグ・タイトルへも、ほんのわずかだけ届きませんでした。「何かが足りない」、関さんはこう思って退任したのだと思います。
そして、記憶も新しい2010年、関さんの電撃退任で、ツトさんがピンチヒッターで再登板。しかし、前半でのジュニ、ヴィト、ケンゴの離脱、後半はテセとヘナが移籍、クロもイマイチ、頼みのヤジもリハビリが長期化し、得意の分断サッカーができませんでした。ジュニ14点、クロ8点、テセ7点、ヘナ7点。2ケタ得点者がジュニ1人というのは2005年以来のこと。
今シーズン、ブログではツトさんの采配に苦言を申し上げてきましたが、それも酷だったかなと反省しています。攻撃力にモノを言わせるだけの選手層がなかったわけでして、過去と同じ戦い方ができない状態でした。ピンチヒッターで登場したツトさんに、新しい戦術を期待する方が無理だったと思います。
さて、本題に入る前に、ひじょーに、長くなってしまいました。スミマセン。
「☆の人」相馬直樹という人、2011年かどうかは別として、川崎に移籍した2004年の時点で、将来の監督就任は決まっていたように思います。武田社長と福家強化本部長としては、将来の監督含みの移籍だったんだと思います。そして、その目的は、トータルフットボールへの進化です。
2004年に関さんを監督に招聘した際、関さんには次のようなことを託したと思います。1年でJ1昇格、昇格後はJ1で優勝争いする力を付ける、若手の育成、見ていて楽しい魅力的なサッカーをする、といったものだったと思います。これらのノルマを関さんは達成しました。しかし、タイトルにはあと一歩のところでした。
2009年の戦力で優勝できないとなると、やはり、分断サッカーには限界があると考えざるを得ません。対戦相手は、多少、引き気味に守り、フロンターレの攻撃陣をおびき出す。FWをドリブルで中に誘い込むか、SBを誘い出した状態でボールを奪取、ぽっかり空いた中盤およびSB裏を使って一気に攻め込む。こういう戦術が多かったように思います。要は研究されました。
フロンターレとしては、ここでサッカー自体を進化させようとしているのでしょう。トータルフットボールへ。そのタクトを託した指揮官こそが「☆の人」相馬直樹。
最近の補強を見ていても、すばしっこくて、テクニックがありそうな選手が中心です。今季に加入した楠神やコバ悠は典型例で、来季に加入予定の柴崎や大島等も同路線と聞きます。バルサ・サッカーを目指すかのような補強です。
分断サッカーとはいえ、一定の実績を積み上げたことで、ファンも増え、何よりも、選手が自信を付けてきました。ここで分断サッカーから卒業し、世界の羨望の先であるバルサ・サッカーを目指すことは悪くないと思います。相馬さんとしても、分断サッカーでは監督のし甲斐がありませんが、こういう志向であれば、やりがいがあると思います。
すぐに結果が出るとは限りませんが、頑張って欲しいと思います。
このブログを書いている最中、ふと、J1復帰当初のことを思い出しました。
「やっぱ、J1は面白い」
J2相手に圧倒する退屈なサッカーに目が慣れていた当時、相手も強くスピーディーなサッカーにワクワクしたものでした。しかし、いつしかそのサッカーにも目が慣れ、何となく気分もマンネリ化。
来年は、再びワクワクしたいものです。
そうそう、香川が移籍したドルトムントも、若いクロップ監督に代わって見違えるようなクラブに変身しました。
~♪相馬直樹、相馬直樹、行け、相馬直樹♪~
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