ダンプ
今日 自転車で帰りながら、ふと 思い出したことがある…小2のころ、わが国分寺第二小学校への通学途中 私はダンプに轢かれたことがある…もう三十なん年か前のことでうる覚えだが、工事現場のダンプ入口でコケて、バックしてくる2トンしゃに轢かれたのだ。のろい子だったから多分自分に落ち度があったのだろうが、国鉄団地に住んでいた我が家に 現場監督と 運転手が来たのだったと思う。右足の付け根に乗り上げたタイヤは、事に気付いた若いドライバーのおかげで、おチンチンの手前で止まったのだった。あとで親戚たちが、「女にならなくてよかった…」と言って笑ったのを覚えてるが、その時の傷は、未だに右足の内腿に 十cmのアザを刻んでいる。ふと思い出したのは、その時の親父の荒れようだ…訪ねてきた会社のふたりに、いきなり殴りかからんばかりに、凄い剣幕だった。子供にしてみれば、そのことのほうがショックだった。今なら、「大丈夫ですよ…こちらにも落ち度はありますから…」と 会社の人達に言ってあげて、そのひとたちが傷つかないように 考えられたのに… なんて、今日 突然思い出したのだ。 うちの親父は、教師でも、反面教師でも あった…その親父も、糖尿で苦しんでいる…
みな いろいろだ…今 ムギを守る立場になると 俺も 対外てきに そんな脆さを孕んでいるかもしれない…

愛されることが必要では無く、愛するものがあることが、ヒトには重要なようだ…と、最近 思う。
みな いろいろだ…今 ムギを守る立場になると 俺も 対外てきに そんな脆さを孕んでいるかもしれない…

愛されることが必要では無く、愛するものがあることが、ヒトには重要なようだ…と、最近 思う。


















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