2012/04/20
日々、「海辺のカフカ」稽古に励んでおります。 蜷川さんの稽古をやりながら考える。
かつて、唐さんは作劇の苦労を、ゼロから「いち」を紡ぎ出すこと…と言った。
この言葉は、俳優をやる自分にとってとても重い。出来上がった言葉の中に生きる役者ごときが…と言われた感じを受けたのを覚えてる。言葉の責任の重圧に耐えながら、作家はそれを繋ぐのだ、と。
蜷川さんは演出だが、「いち」を 百にも千にも高める。その イメージの飛躍力が半端でない。
思うに、才能とは 飛躍を正当に見せるすべなのだろう。
井上さんや つかさんが居なくなり、唐さんも 蜷川さんも かなり高齢だ。 みんなお隠れになったとき、いま、自分の居る世界はどうなるのだろう。 その舞台を観ている沢山の人は何処にいくのか?
心配することもない、なるようになるのだろうが、先人の方法を後世に繋げる仕事は、誰かがやらねばならないのだ。
私は、年齢を経たものが 一流である 素晴らしい現場に居られる幸せを感じながら日々を過ごしている。

海くん、来た時より、髭が白くなったか…?
かつて、唐さんは作劇の苦労を、ゼロから「いち」を紡ぎ出すこと…と言った。
この言葉は、俳優をやる自分にとってとても重い。出来上がった言葉の中に生きる役者ごときが…と言われた感じを受けたのを覚えてる。言葉の責任の重圧に耐えながら、作家はそれを繋ぐのだ、と。
蜷川さんは演出だが、「いち」を 百にも千にも高める。その イメージの飛躍力が半端でない。
思うに、才能とは 飛躍を正当に見せるすべなのだろう。
井上さんや つかさんが居なくなり、唐さんも 蜷川さんも かなり高齢だ。 みんなお隠れになったとき、いま、自分の居る世界はどうなるのだろう。 その舞台を観ている沢山の人は何処にいくのか?
心配することもない、なるようになるのだろうが、先人の方法を後世に繋げる仕事は、誰かがやらねばならないのだ。
私は、年齢を経たものが 一流である 素晴らしい現場に居られる幸せを感じながら日々を過ごしている。

海くん、来た時より、髭が白くなったか…?
贅沢さ
芝居は つくずく「贅沢」に造るべきだ と考える。かつて「秘密の花園」という芝居をやった。私が演じたのは、下町を牛耳る お茶目な悪役「殿」だったが、当時、その芝居を見に来た市川染五郎さんに、唐さんが 「殿」のお付きで出演依頼しようか という流れがあったのを思い出した。勿論実現はしなかったのだが、「染~!」 「殿~!」なんて掛け合いを 一生懸命練って 一杯やる唐さんが 楽しそうで みんなで笑ったものだ。実際に 市川染五郎が出演してたら、見に来た客は、かなりびっくりしただろう。贅沢なのかどうかは実は、わからないが、市川染五郎が、舞台を横切るだけ…なんてことを お客にサービスする、そんな贅沢さがあって、芝居は厚みのあるものになったりする。 私の好きな先輩俳優 菅田俊さんがかつて言ってくれた言葉…「役の大小は無い、己の大小があるだけじゃ
」
お金を使うか使わないか を越えた、イメージの豊饒な状態…それこそが、ハングリーを救う と、人に教わった。
うちの近所の夜桜のライティング…
奥に、怖い人影が
本を読む、二宮金次郎…である…
」 お金を使うか使わないか を越えた、イメージの豊饒な状態…それこそが、ハングリーを救う と、人に教わった。
うちの近所の夜桜のライティング… 奥に、怖い人影が

本を読む、二宮金次郎…である…











