楽日より
今日のステージで、コムラともしばらくお別れ…楽日にこぎつけた。芝居をやっていてつくづく思う、芝居の出来も、客の入りも重要だが、それにも増して、事故 怪我が無いことが第一だと。唐組の初期、私が遭遇したトラック横転事故は、それまで作りあげたものをなし崩しにして余りあった。怪我で済んだのが奇跡で、それでもなんとか大阪公演をこなしたあと、ケシテこれをやってはいけないと誓い 舞台監督を任されるようになった。それにも増してきつかったのが、テント設営の際、鉄材が私の手から滑って四メートルしたの女優さんの頭を直撃したこと。救急車を呼び、そのひとも大きなこぶで済んだのだが、彼女のショックは大きく、本番にも響いていた。私も自戒のねんで芝居どころではなかったのを覚えている。だから舞台監督としての私の信条は、事故 怪我の無いこと、本番が出来が悪かろうが そちらを優先してきた。芝居は良くしていけるが、失った信頼や欠けた肉体はたやすく戻らない。唐さんが冒険したくても、状況がととのはなければ中止を決定してきた。それでもやると唐さんがいえば、進退をかけて進言してきた。唐さんはしかしそうしたとき、百パーセント私に従ってくれる。二人三脚だったこの二十何年なのである。


別れ際
昨夜、唐さんが芝居に来て、他のお客二人と四人、高円寺に流れた。お客共々芝居の余韻を確かめるべく30分ほど飲んだ。高円寺駅で唐さんだけ残し、私を含む三人は終電に飛び乗った。唐さんだけもう一杯やって帰るというのでそうなった。別れ際、エレベーターから振り返ると唐さんはなにか私たちの更に向こうを観るように、じっとしていた。少し不安になり手を振ると、一秒遅れて力無く私に手を振り返す…明らかに集中していない、作家のほうけたような厳しいような目を観てると、なんだか寂しく感じた。かつて、唐さんのお母さんが亡くなった時、お通夜で二人っきりになり道端の猫を撫でた時に観た、恐ろしく剥き出しな 悲しい表情にも似ていた。私が唐さんの一番弟子だと自認するのは、この、人間のむき出しになった唐十朗の表情を知ってるからだ。私だけが知るこの作家の深い淵…25年付き合い、私だけが教えられたこと…
浪子は今日も、ステージをこなし、そこに佇む。
浪子は今日も、ステージをこなし、そこに佇む。唐さんのこと
風のほこり…この自分の書いた作品が大好きなようで、今日も家族揃って見に来るという。今回五回目である。そもそも唐さんは、ほんとうに芝居を観るのが好きなひとで、自分の作品はことさら観るが、以上に どんなカテゴリの芝居も独りでパッと出掛けてゆく。そして、彼特有の解釈、誤読で それがいかにつまらないか、あるいは凄いかなどと、一杯やりながら劇団員に話すのだ。そういった宴会で、彼の脳内の思考回路を探っていくことで、唐作品はやっと理解の糸口を見せてくれることもあって、唐組はこれまで続いているのだ。
唐さんの誤読のほうが面白いことは多々あり、「良いから見に行けば」と唐さんに薦められた映画など、見に行くと面白かったためしがないのは、私だけではないはず…「そんなでもなかったですよ」と唐さんに愚痴ると、「あ、あれ、つまんなかったねえ」なんて平気なつら…どこまでも愛せるひと、唐十朗さんも、まもなく71歳である。
…その、風ほこの劇場横の墓場…雨月物語といった風情で好きだ。いま、私の携帯の待受画面となっている。
唐さんの誤読のほうが面白いことは多々あり、「良いから見に行けば」と唐さんに薦められた映画など、見に行くと面白かったためしがないのは、私だけではないはず…「そんなでもなかったですよ」と唐さんに愚痴ると、「あ、あれ、つまんなかったねえ」なんて平気なつら…どこまでも愛せるひと、唐十朗さんも、まもなく71歳である。
…その、風ほこの劇場横の墓場…雨月物語といった風情で好きだ。いま、私の携帯の待受画面となっている。








