他の人ってどんなノートの取り方をしているかって、

中々見ることないですよね。

なんか恥ずかしいし。

 

 

参考になるかどうかわかりませんが、

受験直前なので私の受験生時代のノートを何枚か公開したいと思います。

 

 

 

まずは先日ご紹介した数学のノート

 

今見てもさっぱり意味が分かりませんが💦

これは多分答えを見てからもう一回解きなおしたときのノートかなと思います。

 

 

表面的なレベルでは、罫線全く無視していますね。笑

字も丁寧ではないですが、自分で書いた字を読み間違えることは

少ないような字になっています。

 

 

さて、深掘りして見ていくと・・・

 

 

 

答え合わせにとても時間をかけているのがわかります。

 

いつも解いた時間よりも長く答え合わせをしていました。

 

「模範解答は何でこんな解き方をしたんだろう?」

というところの自分なりの分析が、

青や赤で書いているところですね。

 

「こういう時はこうしたいからこう変形するのか」と、

模範解答の解き方の「抽象度」を上げてとらえているのがわかります。

 

そうすることで、似たような別の問題が出た時に、

「解き方」をマネするのではなく、「考え方」をマネできるようになりました。

 

もう一つ数学のノート

(すいません、どうしても横向きになってしまいます)

 

 

こちらも、やり方を理解したら、もう一回自分で解きなおしていますね。

 

自分で解いた答えがあっているかどうか、よりも、

「考え方」を見つけて、自分のものに吸収しようとしています。

 

続いて化学のノート(これも横向きですいません…)

 

 

左ページ「モル分率にしろよ」のところは、

おそらく、計算の途中式に単位を書いていなかったばっかりに

答えを間違ったのでしょう。

 

答えがあっていたかどうかは大事ではなく、

答えが「何で」間違っていたのかをしっかり考えて、

自分に対して「アドバイス(?または怒る?)」をすることで、

次は同じ間違いをしない、となっていきます。

 

これが先生や親から「モル分率にしろよ」

と言われていたら、

「わかってるよ!たまたま間違えただけやん」

となりますが、

自分から言われたら納得するしかないのが面白いところです。

山に木が1本生えていました。

 

その木から2つの種が落ちました。

 

 

一つは日当たりのいい方へ、

 

一つは日陰の方へ。

 

日当たりのいい方に落ちた種はぐんぐん育ちます。

 

日陰に落ちた種はひょろひょろと育ちます。

 

20年後。

 

親の木は枯れてしましました。

 

日当たりのいい木は太く、立派な枝ぶりで大きな木になりました。

 

日陰の木は光を求めて、ひょろひょろと伸びています。

 

 

 

チューリップ黄チューリップ赤チューリップ紫チューリップピンクチューリップオレンジチューリップ黄チューリップ赤チューリップ紫チューリップピンクチューリップオレンジ

 

僕は自然が、山が好きです。

 

実際に山に行ったとき、

日当たりのいい方の木は果たして

「俺はあいつよりすごいんだぜ」

と優越感に浸っているでしょうか?

 

日陰の方の木は果たして

「自分はなんて恵まれていなんだ。落ちる場所さえ違えば・・・」

と羨んでいるでしょうか?自分を否定しているでしょうか?

 

実際山に行って木に聞いてみたら多分、

「・・・(無言)」

 

だと思うんです。

 

木はそんなこと考えていない。

 

ただ、与えられた環境で、自分の生を精いっぱい生きようとしているだけ。

 

もしかしたら日当たりのいい方の木は100年生きるかもしれない。

日陰の木は20年で枯れてしまうかもしれない。

 

それでも、そんな色んな木が集まって、森を作り、山ができている。

 

それぞれの存在が影響し合って、生態系ができている。

 

どちらが優れているとかはない。

ただ、生を全うしているだけ。

 

僕はそんな自然が好きです。

 

人も、子どもも、そうあってほしいと思っています。

 

お金持ちの家に生まれても、貧乏の家に生まれても、

イケメンに生まれても、不細工に生まれても、

健常者であっても、障害があっても、持病があっても、

長生きしても、短い命だったとしても、

 

みんなが人と比べることなく、自分の生を精いっぱい生きる。

 

そんな世の中にしたいと思い、

Treeと名付けました。

昨年2020年の1月25日にTeamTreeは活動を始めました。

 

昨年の1月25日は旧暦の元旦。新しい暦が始まる日でした。

 

 

さて干支にはどんな意味があるかご存知でしょうか?

 

 

 

干支は本来、植物の一生を表したものでした。

 

実は動物は関係ないんです。

覚えやすいように動物を後であてはめたものらしいです。

 

そういえば漢字と動物、全く関連性ないですもんね。

 

それぞれ干支の意味はこんな感じだそうです。

 

1.子⇒植物がこれから子をふやし生長しようとするタネ(種子)の状態を示す。
2.丑⇒種が地中にあって、まだ発芽しない時期。
3.寅⇒発芽してすくすくと伸び始める段階。
4.卯⇒勢い良く伸びて上からかぶさるほどに若葉が茂る状態。
5.辰⇒植物が風になびき、さらに生長する盛んな段階。
6.巳⇒植物の伸長から種子をはらみ始める成熟に向かう入り口。
7.午⇒植物が新しい命を生み出す、活発なエネルギーの状態。
8.未⇒宿った植物の種がいまだ成熟しきらぬ未熟な段階。
9.申⇒植物の命が満ちて、種が熟した状態。
10.酉⇒完熟した作物の収穫を指す。
11.戌⇒収穫した作物を蓄え、守っている状態です。
12.亥⇒収穫された作物が皆に行き渡った状態を現す。

 

より抜粋

 

 

 

 

昨年2020年の干支は子年。

 

子年の意味は

  • 生き生きと芽生える年
  • 大きな物事をスタートさせる年
  • 今後の繁栄を願う年
  • 新しいことを始める年

ねずみ年は、十干十二支で見ると陽の気と水気がお互いに良い影響を出し合い、勢いよく物事が芽生えて発展する年です。水は流れることで良い気を循環させていくので、滞らせないよう注意しながら、長年の夢や思い付いたアイデアを積極的に実現させていきましょう。

https://shikitari.net/shikitari/nijushisekki/season/15956/ より抜粋)

 

との年です。

 

実際、コロナで大きく世の中が変わり、まさに「新しい生活様式」がスタートした年でした。

 

私が干支に興味を持ったきっかけは、営業所長時代に絶不調だった年に

ふと「来年ってどんな年だろう?」と調べたら、

「酉年=収穫の年:これまでの努力が結果となる年」という事が見つかり、

とても励まされました。

 

実際その酉年に全国600ある営業所で全国1位になりました。

「干支って当たっているのかもしれない」と思うようになりました。

 

そこで、明日は子年の旧正月にこの活動を始めた、という誕生日なのです。

 

今年の干支は辛丑(かのとうし)。

 

 

「痛みを伴う幕引きと大きな命の芽吹き」の年だそうです。

ちなみに今年の旧正月は2月12日なので、実はまだ明けてないんですけどね・・・

今日はずっと行ってみたかった、上野にある国立科学博物館に行ってきました。

釣り、化石、石器、動物、植物、岩石、ラップ、ストリートカルチャー、

なんでも詳しい友達のお勧めでいつかは行ってみたかったんですよね。

 

日本館と地球館があるのですが、

日本館だけで3時間ぐらいいてしまって、地球館はほぼ素通り。

 

とても面白かったので、またそのうち家族で行きたいと思います。

 

最近はスマホ離れを試みていて、

スマホを持ち歩かないようにしているので、

持ち歩いているメモ帳に発見したことをメモっていました。

 

 

 

似たような大きさの島のニュージーランドとイギリスに比べて

日本は生物相がとても豊か=生物多様性が豊か。

 

理由は、

・日本は(中国)大陸とくっついたり離れたりしたこと

・大陸と程よい距離感(NZは遠すぎる)

・1万5千年前ぐらいに島になったので、

 日本固有の進化をした種も多い(イギリスは8000年前。意外と最近だった)

 

という絶妙なバランスの上に日本の自然って成り立っているんだな、と思いました。

 

あと、動物は北に行くほど大型化するらしい。

体重に比べて表面積が少なくなるから。

 

また、島では大型哺乳類は小型化し、

小型哺乳類は大型化する傾向にある。(島の法則らしい)

 

植物には火山性の土壌と非火山性の土壌があって、

そのうち石灰質な土壌はアルカリ性なので、同じ種でも違った進化をする。

 

とか。

 

こんなメモが数枚あるのですが、

理系魂を発揮したいわけではなく、

ただ博物館に行って「あー面白かった」でもいいんですが、

気づきを誰かに聞いてもらうのって、楽しいですよ!

 

ということ。

 

いつか(今年の夏ごろには)子ども向けに動物園、博物館などに行った

気付きの発表会を企画したいな、と思っています。

勉強が得意な子って、どの教科も結構いい。

 

逆に勉強が苦手な子って、全ての教科が総じて悪い。

 

 

 

そんなことってありませんでしたか?

 

 

 

先日叔母が貸してくれた本に、そのカラクリが載っていました。

 

 

 

 

 

この本は、

「論理エンジン」で有名な、カリスマ国語教師の 出口 汪さん と

 

灘中の英語教師 木村 達哉さん の共著の本です。

 

始めは「何だ?この二人の取り合わせは」と思ったのですが、

読み進めていくと、確かに英語も国語も「論理性」や「読解力」という点で、

同じなんですよね。

 

いくら発音がきれいでネイティブのように話せたとしても、

話の中身が理解できていないと会話にならない。

でもいくら発音が思いっきり日本語なまりでも、筋道が通っていたり、

自分の考えが盛り込まれていると、いろんな人と発展的な話ができる。

 

「AI時代には『読む力』こそ必要とされる」

 

と書いてあり、確かにそうだな、と納得しました。

 

ここで最初の疑問につながりました。

 

勉強ができるできないは、

「読む力」の有る無しなんじゃないか。

 

算数の文章題=読解力

 

教科書の歴史を覚える=読解力

 

理科で〇〇植物などの名前を覚える=読解力

 

すべての教科の基礎は「読解力」。

 

それなのに読解力をつける練習って、学校や塾でやったことがない。

 

全部の教科でつまづいている子って、

実は「読解力」さえ鍛えられたら、

全部霧が晴れたように理解できていくのかもしれません。

 

僕は大人になってから本をよく読むようになりました。

 

特に電車通勤をするようになってからは、これまでにないほど読めています。

 

ちなみに今日読んでいたのは

 

 

 

自閉症と診断された著者が、

周りから見たら不可解に見える行動をとっている時の気持ちや頭の中を、

自分の言葉で、わかりやすい言葉で語ってくれています。

 

大切な人に自分の心、気持ちをうまく伝えられなくて苦しい。

困らせているのはわかっている。

でも、どうしてもできない。

 

そんな思いを13歳の時に記した本で、

世界で翻訳され、ベストセラーになっている本です。

 

 

以前、認知症サポーター養成講座に参加した際、

心に残っている言葉が、

 

「認知症になった本人が一番苦しい」

 

そんなことも思い出し、「つながり」ました。

 

 

 

牛しっぽ牛からだ牛からだ牛からだ牛からだ牛からだ牛あたま

 

僕は子どもの頃は、文章は好きだったけど、ほとんど本は読んでいませんでした。

 

どうしても最初の一歩がめんどくさくて出なかった。

 

それでもなぜ、文章が好きだったか。

 

これはひとえに受験勉強の賜物だと思います。

 

問題になる文章って、国語の先生が選んだだけあって、とても面白い。

本を全く読まなかった僕が、唯一触れていた文章が受験勉強の問題です。

勉強をすることで、文章に触れる機会をもらっていたのです。

 

中学受験の問題に始まり、文章を読むのは好きでした。

こんな考えがあるのか、と。色んな発見がありました。

 

問題を解くのはめんどくさかったので、

特に中学受験の時は国語の文章だけを読んでいた記憶があります。

 

ちなみに先日上げた、共通一次の問題文もちょっと読み始めると、

気になって全部読んでしまいましたし。

 

この「ちょっと読み始める」きっかけをくれるって、

なかなかありがたいことだと思います。

 

 

 

 

 

ただ、これまでに「文章の読み方」って習ったことありますか?

 

これが分かっていないと、頭に入ってこない。

 

頭に入ってこないうちは読んでも面白くないです。

 

英語は文法を習います。ここがここを修飾している、とか。

 

でも日本語って実は習わないで大きくなるんですよね。

全ての教科は日本語で書いてあるというのに。

 

絵本から始まり、少しずつ難しくなっていき、

何となくで読めていくし、話せるようになる。

 

実はその「何となく」の部分が、

勉強が得意になるか不得意になるかの分かれ目だと思います。

 

勉強が得意になるかどうかは、持って生まれたものではない。

断言します。「コツ」です。

数学について。

 

パズルが好きな子はピタッとはまる感覚が数学と似ていて、

数学の面白さを感じられるかもしれません。

 

既にできる計算問題を何回も解かされるのは苦痛です。

 

バスケでずっとダムダムとドリブルの練習をさせられているようなもの、

サッカーでリフティングの練習をさせられているようなものかもしれません。

 

正直、嫌いです。笑

 

(ここだけの話)ぶっちゃけ、

できる事だけを何回もやるのは時間の無駄と思います。

 

 

 

 

牛しっぽ牛からだ牛からだ牛からだ牛からだ牛からだ牛あたま

 

 

 

 

さて、どんな時に数学の面白さを味わったか。

 

僕はDIYが好きです。

 

大学の時に「木材加工学」という

材料は学校が買ってあげるから好きなもの作っていいよ、

という夢のような授業がありました。

 

クラスメートはベッドとか作っていましたね。

 

僕の友人は持ち運びのできる家を作っていました。笑

 

僕はここぞとばかりに一生使えるちゃぶ台作ってやろうと思ってはいたものの、

中々アイデアが出ず、いつもの定食屋さんで爪楊枝をいじっていたところ、

爪楊枝の束をねじったらなんか綺麗じゃね?と思いついて、

それをもとにデザインしてみました。

 

それがこちら。

 






 

今でもお気に入りの机ですが、

 

その時の設計図がこちら

 

 

小学生以来でコンパス使いました。笑

 

しかし、ここで問題発生。

 

この斜めの棒の長さがわからない・・・。

 

色々考えた結果、

 

 

生まれて初めてサイン・コサイン・タンジェントを使いました。

 

定規でも図ってみたらピッタリ。

 

これがめちゃくちゃ楽しかったです。

 

頭の中にある知識と、現実のものが「つながった」瞬間でした。

 

勉強をしていたことで「自分にできる事が少し広がった」一つの経験です。

「なぜ勉強しないといけないのか?」

 

これは多くの人が一度は考えたことのある疑問だと思います。

 

子どもの頃はよくわかりませんでした。

もし昔の僕が今の僕から説明されても、よくわからないままかもしれません。

 

これはきっと「教えて」どうにかなるものではないと思います。

自分で経験して、面白さを味わって、初めて「腑に落ちる」というもの。

 

でも、面白さを経験したことある人が、

面白さを熱く語る事で、「興味」は持ってもらえるかもしれません。

 

例えば僕がめちゃくちゃおいしいカレー屋さんについてどれだけ力説しても、

美味しさを味わってもらうことができないのと同じかもしれません。

 

でも本気で語るなら、「そんなものかな。一回は食べてみようかな。」

という気にはなりますよね。

 

今日は「なぜ勉強しないといけないか」

について語りたいと思います。

 

 

 

牛しっぽ牛からだ牛からだ牛からだ牛からだ牛からだ牛からだ牛からだ牛からだ牛からだ牛からだ牛あたま

 

 

今は、こう思っています。

 

 

 

 

 

 

 

 

「人生が面白くなるから」

 

 

 

 

 

 

 

 

僕はマンガのワンピースが好きです。

 

その中で、「空島」のストーリーがあります。

 

                       マンガ「ONE PIECE」より

 

ある日、海に浮かんでいた島の一部が、火山の噴火で吹き飛ばされて、

雲の上の「空島」に到着します。

 

空島の人にとって、「土」はとても貴重なもの。

いきなり現れた大きな土地を、

天からの贈り物として、聖地と崇めます。

 

一方、その土地には先住民族がいました。

先住民族からしたら、いきなり空の上に吹き飛ばされたものの、

自分の村である事には変わりありません。

 

するといきなり空島の人が「その土地は自分たちが天から恵まれたものだ」

と奪いに来ます。

 

そこから長い間、土地の奪い合いが始まるのです。

 

 

 

 

 

さて、このストーリー、なんか聞いたことないでしょうか?

 

私はキリスト教とユダヤ教とイスラム教の聖地、

エルサレム(パレスチナ)をめぐる戦争を

思い出しました。

 

また、アメリカ大陸に到着したコロンブスとネイティブアメリカン。

 

他にも、日本でも北海道をめぐるアイヌと和人、などなど。

 

昔、社会の時間に習ったことがワーッとよみがえってきました。

 

 

 

登場人物になり切ってみたら、どちらの気持ちも、わからんでもないですよね。

 

自分の命を懸けて、あるかどうかもわからないアメリカ大陸を探す冒険に出たコロンブス。

不安と戦いながら苦労の末、見つけた大陸。そこに住んでいる人がいようが、「やっと見つけた!!ここは俺のもんだ!!」という気持ちになるのは当たり前かもしれません。

 

一気に過去の勉強が彩り鮮やかになり、興味がわきました。

そして空島編、どうなっていくんだろうとワクワクしながら読みました。

 

 

勉強を「勉強」だけとしか捉えていないと

「勉めて強いる」

なんかストイックな感じがしてきます。

 

勉強を面白いものとするコツは

「つなげる」

ことにあると思うのです。

 

 

え?そうはいっても算数なんて何かにつながるの?

 

国語は?

 

次回をお楽しみに・・・

 

前々回に引き続き、2020年度の問題でもやってみました。

 

 

この文章に対して、以下の問題が設定されていました。

 

 

 

さて、文字ばかり見ていると、何が正しいのか

「ゲシュタルト崩壊」(言葉の意味がわけわからなくなってしまう事)

起こしてしまいそうです。

 

文章だと、(特に疲れている時とかは)全然頭に入ってこないで、

何度も同じところを読むことになってしまったりします。

 

つながりで理解するとは、こんな感じです。

 

 

更にイメージまで付け加えるとこんな感じです。

私はアメーバと(アメブロですし笑)、グーグルマップを連想しました。

 

さて、このように理解したうえで、もう一度問題を見てみると、

 

①は絶対違いますよね。

②はそれっぽい。

③はそんなことは書いていない。

④は何となく近い気もするけど、後半部分が

 動的過程として「促進する」とは書いていないので違いそう。

⑤「動的な状態に置いておく」事は目的とは書いていないので、×。

 

という感じで答えは②と分かります。

ご存知の事かと思いますが、センター試験と京大の2次試験では

出題される問題の性質が異なります。

 

大きな違いはセンター試験は選択式、2次試験は記述式です。

 

センター試験直前の1ヶ月はセンター試験対策。

センターが終わった日から2次試験対策をしていました。

↑ちなみにこれも「自分で」考えた作戦です。

 

2次試験対策していた時のノートが実家の倉庫から出てきたので、

少しアップしてみます。

 

 

数学ですね。

今見ても何のことかさっぱりですが💦

 

答え合わせに時間をかけているのがわかります。

・自分はどこをどう間違ったのか?

・似たような問題が出たときに解けるようにするために、

 応用できる要素は?(「sin,cosの積分は・・・」や「~を作りたい」の部分)

 

そういったところを自分が先生になって、

自分に対してコメントしていたんですね。

 

牛しっぽ牛からだ牛からだ牛からだ牛からだ牛からだ牛からだ牛からだ牛あたま

 

2次試験対策は実はとても楽しみだったんです。

 

丸2日「受験の日」と決めて、

過去問を「もしこの年に受けていたら・・・」

と妄想して解いて、合格できていたかをやっていました。

 

それが楽しみで、それまであえて過去問は解かずにとっておいたんです。

 

その記録がこちら(赤本の最初のページに書いていました)

 

 

解く問題がなくなってしまうと勿体なかったので(笑)、

1997年から一年ずつ受けていきました。

 

1~4は(確か僕が勝手に作った)合格可能性みたいな数値だったはず。

 

回を重ねるごとにどんどん成績が上がっていくのが面白かったなぁ。

 

国語、英語は自分では採点できないので、解いては学校の先生に採点してもらっていました。

 

元々受験に落ちたら働こうと思っていたので、

京大しか受験しませんでしたが、

おかげでやることが集中できていたように思います。