嬉しかったこと
4月12日
岩手から帰ってきて3日目。軽いバーンナウト状態になりつつも、日々の診療を頑張っています。
そんな中、嬉しいことがありました。
大槌高校の診療でご一緒した岩手医科大学の衛生士さんから、「先生方が印象した(型を取った)方の義歯を装着してきました。お爺ちゃん達、歯が入って本当に嬉しそうなお顔をされてましたよ」ってメールが来ました。
以前の記事で「やり残したことはないか」と書きましたが、自分で型を取っておいて、後任のドクターに任せて帰らなければならないことを、非常に心苦しく思っていたんです。
頬が腫れてた患者さん。抜歯をしたが、欠損のままになってる患者さん。仮の詰め物までしかできなかった患者さん。どの方たちも最終的に「治ったよ!」という状態ではないんです。
岩手医科大の皆さん、岩手県歯科医師会の先生方、スタッフの方々!くれぐれもお体に気をつけ、被災者の方々のために頑張ってください!!
今日、嬉しかったこと でした。
活動4日目その④ 決断
4月7日
活動4日目の報告をするために、岩手県歯科医師会館へ。
実は今日の活動で、一宮の先生方から預かってきた支援物資が底をついてしまったんです。
満載で来たつもりでも、歯ブラシ10000本、紙コップ8000個が4日で無くなってしまうとは・・・
そこで、明日からの活動をどうするか、夕飯を兼ねてミーティングです。
北上・盛岡での生活にも慣れてきて、街も地図なしで移動できるくらいにはなっています。
大通り2丁目の繁華街で食事をとることに。
頼んだものも一通り出てきて、後はTM君のデザートだけ・・・となったとき
「キュアっキュアっキュアっ」という嫌な音が店内中から響き始めて2秒後
ドンっ!
下から突き上げるように、それこそテーブルの上のジョッキが頭より高いところまで飛び上がるくらいの縦揺れ!
ドドドドドドドっ!!
その後すぐに横揺れが始まり、店長の「店の外に避難してください!!」の声で店中のお客さんが避難を始めるも、
立てない!
揺れが強すぎて立てない、歩けない!
なんとか店の外へ という瞬間、店内は真っ暗に!
停電です。
店の外へ出ると、真っ暗です。
ほんとうに真っ暗です。・・・・・闇・・・・・
信号は点かず、高速道路も通行止め。
支援物資は底をついてる。
津波注意報。
停電すれば、診療も出来ない。
こんな状況で、
遣り残したことは無いか。。。自問自答のメンバーでしたが、全員が、「やれるだけのことはやった」
メンバーの中から、「胸を張って一宮へ帰ろう」という声が上がり、
勇気を持って、一宮に帰る という決断をしました。
高速が通行止めのため、仮眠の後4号線を南下。
通行止め解除区間を検索しながら高速にのり、行きの反対の行程で帰ることになりました。
道中ラジオから song for Japan~風に吹かれて~が流れてきたときには涙をこらえながらみんなが黙って聞き入っていました。
今回、改めて「人とのつながりの大切さ」ということを考えました。
歯科ボランティアの活動を、快く「頑張って来い」と送り出してくれた一宮H前会長。
壮行会を開いてくれて、僕らのことを「一宮の誇りだ」と送り出してくれた一宮G会長。
僕たちの行動をあたたかく、かつしがらみ抜きで応援してくださった岩手県歯科医師会H会長。
突然押しかけたにもかかわらず、チームの一員として活動できるよう手配していただいた岩手県歯科医師会D専務以下皆様。
僕らが活動できるよう、色々なルートを探ってくれた岩手県歯科衛生士会S会長。
積みきれないくらいの支援物資を2日間で集めてくれた一宮歯科医師会の先生方
僕らと一緒に、診療・ケア活動で行動していただいた
N先生以下スタッフの皆様、
S先生以下スタッフの皆様、
K先生以下スタッフの皆様、
T先生以下スタッフの皆様。
岩手医科大学歯学部の皆様。
僕らの活動を暖かく支援してくださった皆様全てに
この場をお借りして、心から感謝いたします。
ありがとうございました。
人とのつながり
東北では、多くの方が身内の方を震災で亡くされました。
そこにも「つながり」はあったと思います。
そんな「つながり」を一瞬のうちに引き裂いた津波。
自然災害の恐ろしさを五感を通じて感じ、見てきたからこそ、出来ることがあると思います。
僕らが住んでいる一宮は東海地震の発生想定地域です。
その時、大きなことは出来ないかもしれません。
しかし、今回の経験を通し来るべき時に備え、何が出来るかを考えてみたいと思います。
僕らの心はいつまでも 東北とつながっています。




