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【2020/10/26記 】
この記事は、2015/11/4に旧ブログで公開した連載記事です。
アメブロお引越しに伴い、テーマを再設定・再編集の上、再アップしています。
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真理さん
あなたがいう「感動価値」とは、あなたが感じた気持ちをそのまま、お客さまと分かち合えることですよね。
あなたが感じた幸せ、喜び、信頼、確信、驚きを、あなたと同じように感じていただくこと。
それが、あなたの意図する「感動価値」…ですよね(^-^)
なおちん
うん。
私のいう「感動価値」とは、単なるずば抜けた付加価値という意味じゃないんだ。
お客さまと自分の心が完全に一つになる体験、それを感動価値と呼んでいる。
一口に仕事・事業の価値といっても、いろいろな段階や視点がある。
価値はお客さまが感じるものであるけれど、そこに、価値を提供する側(自分)の喜びや情熱がなければ、仕事を通じて喜びが分かち合えたとは言えない。
自分スペシャリストの仕事で、誰かに喜んでいただけた、とは言えないんだよ。
価値を一面的に捉え、お客さまにとってのメリット・幸せという視点しか持たずにいると、いわゆる感動価値が、単なるずば抜けた付加価値に落ち着く可能性がある。
まあ、それもひとつの着地点だけど、それで自分は幸せなのか?、よく見つめた方がいいと思う。
特に、それなりの社会経験を積んできた人であれば、大して好きじゃないけど、人にはすごく喜ばれることが一つや二つ、いやそれ以上にあるはずだ。
時間をかけて身につけてきたそれらが無駄だったとは決して言わない。
ただ、自分の情熱という物差しで、見つめ直してみる必要はあると思う。
するとね。
自分を認めてもらいたい一心で身につけたことや、一時は忌まわしいとすら思えたことのなかに、とてつもないギフトが隠れていた、と気づく瞬間が訪れる。
本当の意味で、人生には無駄がなかった、と腑に落ちる。
人生は私たちに何ひとつ、無駄なことをさせてはいない。
一見、そう見えることでも、聖なる物差しで測り直せば、今までとはまったく違う意味を見いだせる。
…その瞬間もね、一緒に分かち合いたいんだよ。人生の神秘もまた、神の仕事だから。
最近のブログで、価値かちカチ価値言ってるのは、私のご提案する考え方の枠組みが、聖なる物差しのひとつになれば、と思っているから。
万人にフィットするわけじゃないだろうけど、フィットする人にフィットすればいい。
自分の本質を見極める、選択肢のひとつになれば、と思っているんだ。
なおちん
…あれ…??
こんなんでいいんだろうか?
旅行前に用意していた記事とは、若干変わってしまったけれど。
真理さん
いいじゃありませんか。
情熱のままに行きましょうよ!
なおちん
(^-^)
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【2020/10/27記 】
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