【縄張りコラム】石落しの威力 | 人生竪堀

人生竪堀

TEAMナワバリングの不活発日誌

 
 第1次世界大戦に登場した新兵器の一つに、潜水艦がある。ドイツの潜水艦(Uボート)は通商破壊戦に猛威を振るったのではあるが、当時の魚雷はごく短い距離をヘロヘロと進むような、アテにならないシロモノだったから、実際の戦果は大半が浮上砲撃によるものだった。それだって、潜水艦がぬっと浮上して砲撃してくるんだから、丸腰の商船には充分脅威だったのだ。
 そこで、Uボートにイタイ目に遭わされたイギリス人やフランス人は、次に戦争になっても撃ち負けないように、潜水艦に強力な大砲を積むことに血道をあげた。でも、第2次大戦が始まる頃には、潜水艦も魚雷も性能が大幅アップしていて、浮上砲撃を行う機会がそのものが激減したので、せっかく建造した巨砲搭載潜水艦は役に立たなかった。結果、連合軍は潜りっぱなしのUボートにイタイ目に遭わされたのである。
 
 いっぱいあるんですよ、この手の話。大戦間に考案された、一見「これはスゴイ」と思えるような画期的新兵器の多くは、次の戦争が始まってみると、案外使い物にならなかったりする。日露戦争から第1次大戦までの間に急速に発達した巡洋戦艦は、ジュットランドでバタバタ沈んでしまった。第1次大戦後にソ連が熱心に開発した多砲塔戦車は、見た目は超強そうだったけれど、独ソ戦が始まるやいなや集中砲火を浴びて全滅しちゃった。各国が競って開発した長距離戦闘機も使いものにならず、多くは夜間戦闘機に転身した。
 一方で僕らは、姫路城とか名古屋城とか彦根城とか見て、「すげーっ、強そう!」とか思うわけですよ。そして、石落しだの狭間だの隅櫓だの、枡形門だの連立式天守だの、そういう装備を見て「実戦的によく工夫されているなあ」とか感心して、これぞ近世城郭の完成形だと思い込んだりするわけですよ。
 
 でも、よ〜く考えてみると、姫路城や名古屋城や彦根城が築かれたのは、関ヶ原合戦から大坂の陣までの戦間期。実は、この築城ラッシュ世代で、ガチの実戦を経験した城はない。豊臣大坂城は、これらの城よりは明らかに1世代前だし、大坂の陣だって大坂城そのものの攻防戦は起きていない。
 つまり、僕らが「完成形」と見なしている城の装備が、実戦でホントウに有効だったのかは、歴史的には証明されていないことになる。もし、大坂の陣がこじれて戦国乱世に逆戻りしたら、「な〜んだ、石落し役に立たないじゃん!」みたいにことに、なっていたかもしれない。
 一方、土造りの枡形虎口や馬出、横矢掛りなんかは、(少なくとも)東国では戦国の初期に原形が出現していて、100年間改良を重ねながら使い続けられている。近世城郭の装備に比べたら一見、頼りなさそうに思えるけど、実戦では有効だったと考えるべきだろう。姫路城や名古屋城や彦根城みたいな城は、たしかにすばらしいのだけれど、歴史的な評価として、それを「完成形」と見なすのは、どんなもんかねえ。
 
西股総生