【縄張りコラム】描けますか?(後編) | 人生竪堀

人生竪堀

TEAMナワバリングの不活発日誌

(承前)

 縄張り図を描くためには、城域をすみずみまで歩き回らなくてはならない。そして、城域をくまなく歩くという行為は、必ず藪こぎをともなう。きれいに公園化されている城でも、実際は整備されているのは主要部分だけであって、周囲には藪に埋もれた土塁や堀がある。ましてや、大多数の城跡は、藪をこぎ回らないと遺構を確認できない。

 しかも、藪をかき分け倒木を踏み越え、竪堀があれば末端が視認できるところまで下っていって、下るということは当然、元の場所まで登り返し…といった行為を、丹念に際限なくくり返していって、はじめて一枚の図が描きあがるのだ。したがって、縄張り図を描くためのにもっとも必要なのは、藪こぎや斜面の上り下りを厭わないマインド、ということになる。

 

 時々、歴史学や考古学の人たちから、「縄張り研究の人たちは、藪をこぐのが好きなのでしょう」と揶揄されることがあるが、誰が好きで藪こぎなんかするものか。藪こぎという行為は、とんでもなく体力と気力を消耗する上に、痛い。先日も、千葉方面で縄張り図を描いていたら、イバラが顔に巻き付いて頬から血がしたたり落ちた。こんなのは日常茶飯事だから別に驚きはしないけれど、誰が好きこのんで、こんな目に遭いたいものか。

 縄張り研究者たちは、決して好きで藪をこいでいるわけではない。藪の先に何が埋もれているのかを自分の眼で確かめないと気が済まない、という好奇心の方が勝ってしまうから、仕方なく藪をかきわけてゆくのだ。

 

 あ、それと、参考までにいっておきますが、定年退職して時間ができたので趣味として縄張り図を描く、というのはおすすめしない。縄張り図を描くときは、遠くの遺構を見て、視線をパッと手元に落として細かな線を引く、という動作を薄暗い森の中でくり返す。この行為は老眼になるとかなり厳しい。気力体力では若い者に負けないと自負している方でも、視力では確実に負けるものだ。

 かくいう僕も、50代の後半になって、さすがに老眼が兆してきた。正直しんどいと感じることもあるのだけれど、それでもどうにか作図を続けていられるのは、図の描き方を手が覚えているから。

 

 「縄張り図なんて、ちょっと練習すれば誰でも描けるようになりますよ」と言えば、みんな喜ぶだろうし、「何なら、僕が教えてあげましょう」と言えば人が集まってきて、講座を開設できるだろう。商売として成立するかもしれない。でも、ここに書いてきたような現実を考えるなら…「それでも描いてみたいと思った人は、チャレンジしてみては? 」

 僕が責任を持っていえるのは、ここまでである。

 

西股総生

 

↑千葉県某城。