できグセ”をつけるために僕がした100と

+1 のこと

 

032

「英語、英語!」という前に…

 

 

これまでの30年間の中で、「英語も習っている」という中学受験生は何人も見てきました。

 

でも、とても残念なことに、その中で、「国語がきちんとできている」という子は、今日まで、ただの一人にも出会えずにいます。

 

むしろ、どちらかというと、

「国語がマズい、ヤバ〜い」子というのはワンサカいて、「英語なんて習ってる場合じゃあ、ないんじゃないのかな〜??滝汗」と、心配になるくらい。。

 

 

なんともフシギな話ですが、厳密に言うと、「国語」と「日本語」は、全く同一ではありません。

 

外国人が学ぶような語学としての「NIHON-GO(日本語)」というのは、受験科目としての「国語」の中のほんの一部にすぎません。

 

中学受験レベルと言ってバカにしていていると、ほとんど得点がとれず、ビックリする大人は多いものです。

 

さて…

 

まず、入試の長文読解に出題される「文章」は、大人向けに書かれた文章が多いです。

 

全然、「小学生対象」の文章ではなく、大人が読んでも難解で、テーマも「貧困、戦争、初恋、生と死、いじめ、環境」…等など、多岐にわたります。

 

また、それぞれ登場人物の「怒り、悲しみ、憤り、後悔、反省、苦悩」…という人の複雑な感情をくみ取れるか、機微を感じ取れるか、を試すために、

「どんな気持ちでしたか?」

「なぜ、こういう言動をしたのですか?」

という設問が並びます。

 

こういう受験国語に立ち向かうためには、いつ、どんな準備が必要でしょうか?

 

いくつか大事なポイントに分けて説明していきたいと思います。

 

上記で説明してきたような内容の文章を読んで、書かれている主旨を把握し、理解するためには、何が必要だと思いますか?

 

裏から筋をたどれば、すぐに納得いただけると思うのですが、

自分が得意な分野・テリトリーの話だったら、文意も「よくわかる」はずですよね?

 

自分が、

「行ったことがある」「やったことがある」という「経験したものごと」や、

「見たことがある」「聞いたことがある」という「知っているものごと」であれば、

その文章がグンと「近く」に感じられて、入りこみやすいと思うのです。

 

逆に、自分が、「興味もない」「経験もない」「知らない」ものごとについて書かれている文章だったら…それだけで、正解率もガクンと落ちてしまいます。

 

だとしたら…

「知っているものごと」

「経験しているものごと」

を増やすために、何かいい方法はないでしょうか?

 

実は、とても手軽で、簡単な方法があるのです。

 

そして、この方法は、「国語が大好き!できる!得意!」な子たちは とっくの昔から取り入れているもので、その効果は確実で絶大です。

 

その方法とは、「読書」です!

 

最初に断っておきますと、

たくさん読書している割に、「国語が、いま一つパッとしないなぁ」という子(偏差値55付近)も いることはいます。

 

「読書量」と「国語の得点・偏差値」は、必ずしも一致しないのです。

 

でも、「国語ができる・好き」という子は、例外なく「読書好き」です。

 

ですから、よく読書をしているのに、

国語の成績が今一つ 揮(ふる)わな~い笑い泣き という子は、「早生まれ」とか 何らかの他の要因が別にあって、「今のところ」未だ成績が良くない、ということにすぎません。

 

近い将来、必ず、「国語ができる」ことを実感できるようになっていきますので、しばしお待ちくださいお願い。

 

気休めを言っているのではありませんよ?

 

 

本のページをめくれば、

昆虫の世界にも、動物の世界にも、恐竜の世界にも、瞬く間に行くことができます。

歴史上の人物にも、世界の果ての人物にも、どんな著名人にも、逢いに行くことができます。

 

登場人物になり切れば、

王国の中で悪者から姫を救ったり、竜の背中に乗って冒険の旅に出たり、ハリーとともに戦う魔法学校の生徒になったり、自分の部屋のベッドに寝っ転がったまま「経験する」ことが可能です。

 

「受験のために読書を勧める」気は、僕にはサラサラありません。

 

「読書」は、受験のためのツールなんかじゃありません。

 

「読書」は、人が、正しく健やかに成長していくために、より豊かな人生をおくるために、欠かせないものだと思うのです。

 

読書をするたびに、

視野が広がります。

知識が広がります。

興味・好奇心が湧き起こります。

想像力が豊かになります。

 

「読書」の醍醐味は、本来、こういうところにあるのです。

 

 

夏休み、読書の絶好の期間ですよね!

ナヌ〜?夏期講習で忙しい??

 

「本を読む時間もない」 なんて、寝言 言ってないで読むべし!

お父さん、お母さ~ん!読ませてくださいね!!

 

どくしゃになってね…

できグセ”をつけるために僕がした100と

+1 のこと

 

031

Only 1 Chance(チャンスは一度だけ)

 

 

画像は、

イラク戦争に4度従軍し、敵に「最強の狙撃手(スナイパー)」として恐れられ、懸賞金までかけられたクリス・カイル氏の伝記映画とも呼べる「アメリカン・スナイパー」から、一コマお借りしました。

 

One Shot, One Kill.

「一撃必中」させるか、外せば、自分が殺られる。

という極限状態の描写がすばらしく、評価が高かった作品でした。

 

受験生には(たとえ中学受験生であっても)、この「狙撃手(スナイパー)」と同じような技量が、高い水準で求められていることをご存知でしょうか?

 

みなさんは、

“とてもよくできる君” と、“そこそこよくできる君” との違い(差)って、どういうものだと思われますか?

 

実は、持っている実力というか、学力というか、そういう力量ははほとんど変わりません。

 

でも、決定的に違うものが一つあるんです。

 

それは、一発で仕留められる力、技量の差なんです。

 

特に算数において、1回目で(一発で)正解させられるか、どうか、はとても重要です。

 

1回目は間違えたけれど、もう一回やってみたら、できたよ!

って子は、意外と多いんです。

 

もう一回やってみたら…

つまり、2回目、3回目で、正解は出せるよ!って子。

 

力は持っているんだけれど、急所を撃ち抜く精度が足りないって子…ね。

 

いくら2回目、3回目で正解を出せたって、それが入試だったら、その子は落ちています。

 

入試は、1回目オンリーの勝負だからです。一発勝負!

 

やり直せない、書き直せない、解き直せない。

 

よく、「よく見直しなさい!」という言葉を聞きますが、現実の本番では、見直している時間なんて そうそうとれないですよ?

 

だから、「一撃で必中させる精度、練度」というものが、絶対に不可欠なんです。

 

 

1回目で正解させる高い精度がある、というのは、高い練度によって技量が高められた証です。

 

2回目以降に正解できるチカラがある、というのは、要領の良さも関係してきますので、本人にはかわいそうだけれど、僕はあまり評価しないようにしています。

 

このあたりの話は、前に書いた「ミスとして片づけてはいけない」とも合致しますので、そちらも参考になさってください。

 

 

高い精度をもつ、保つためには、

「ていねいに字を書く」

「計算力をつける」

「計算式とひっ算を、しっかり書く」ことが大切です。

 

これ以外に、身につけさせる方法はありません。

 

標語みたいですが、こういう「あたりまえ」のようなことが、恐ろしくできていないことに、毎年驚かされます。

 

それこそ、不注意 一発で、正解は吹き飛んでしまいますから、より慎重に慎重に、ていねいにていねいに解いていくクセをつけさせるようにしたいものです。

 

You Have Only 1 Chance.

チャンスは一度だけ。

 

一発で仕留める。仕留められなければ、自分が殺られる。

1回目で正解させる。させられなければ、自分が落ちる。

 

受験生のみなさん、一発で命中させる精度を持てるように、努力して技量を高めていきましょうね。

 

そのためには、挫けず、練習練習ですよ!

1つの問題を3回やって、完全に「(解き方の)型」を身につけてしまうことが、何よりも近道です。

 

 

さあ、夏期講習だーっ!!!!!!!!

 

どくしゃになってね!

できグセ”をつけるために僕がした100と

+1 のこと

 

030

「“国語を伸ばせない”子育て」してませんか?

 

 

中学受験は、子育ての大きな流れの中の「一つのイベント」です。

 

受験を あまり「特別なもの」と捉えるのは、良くないように思います。

 

あくまでも、「子育ての一環」として取り組んでいかれることが肝要かと思います。

 

「子育て」の中で、特に、親が意識すべきなのは、「環境をつくる」ということなのだろうと思っています。

 

子どもの性格や感情、思考、行動 等を含めた「育ち方」の大半は、「環境」次第でどうとでも変わっていきます。

 

これは、多くの子どもたちを見てきて、より一層そう感じます。

 

極論ですが、

たとえば、「テレビばっかり観ている」のを止めさせたいなら、「テレビを置かなければいい」のです。

 

極論ですが、

たとえば、「ゲームをさせたくない」とお考えなら、「ゲームを全部捨てて、一切 買わなければ(家に置かなければ)いい」のです。

 

極論ですが、

たとえば、「マンガではなく、読書する子」に育てないなら、「マンガを全部捨てて、本しか家に置かないようにすればいい」のです。

(親も、時間が空いたときに、本を読む習慣をつければ、確実に子どももマネをしてきますよ!)

 

「良くも悪くも、環境次第」なのです。

 

 

さて、昨今では、

“国語ができない”子の増殖が止まらない という状況が続いています。

 

この状況…なんとか、ならないものでしょうか?

 

「男の子」で、「3月生まれ」…となると、もうそれだけで「国語できないくん」の認定証がもらえると思いますけれどニヒヒ、

 

できれば、子育て(躾け)の中で、うまく導いていく方法はないでしょうか?

 

今回は、

「やってはいけない!」“子育てタブー”を、一つお話ししたいと思います。

 

まず、「国語ができない」子のお母さまは、意外なことに、頭も口も回転が速く、いわゆる「弁が立つ」ようなかたが多いです。

 

「意外」と書いたのは、国語力が子どもと180°真逆だからです。

お母さんは、マシンガンのように口が回って、弁舌さわやか。

 

子どもは、効果音ばかりの説明下手で、会話のキャッチボールが成り立たない。

 

真逆でしょ?笑い泣き

 

そう考えたら、どうも「遺伝」とは違うようですねにやり

 

よくよく親子の言葉のやり取り等を 注意して見聞きしていると、共通点が見えてきます。

 

このタイプのお母さんは、ご自分がテキパキなさっているかたが多く、子どもに対する躾けも、しっかりとしていらっしゃいます。

 

何か行動させる時にも、前もって注意点を挙げて言って聞かせる。

 

子どもが悪いことをしたら、きちんと、どこが悪くてどうすべきだったかも、こんこんと言って聞かせる。

 

決して、放任などではない、実に、ナイスなママなんです!

 

でも実は、問題点は、

この、ナイスすぎ!デキすぎ!…な点にあるんです。

 

 

・テキパキしています。

 

・子どもが躓きそうなところにある石を、あらかじめ、先回りして取り除きます。

 

・要点をまとめ、立板に水が流れるように話をします。話上手です。

 

・勉強が得意で高学歴でした。

 

・子どもの教育にも熱心で、小さい頃から、いろんなツールを取り入れ、実践してきました。

 

・何かあるたび、子どもにはきちんと注意をし、「はい」と返事をするまで、言って聞かせました。

 

…こういうお母さま?  ちょっと注意が必要です。

 

というのも、

このタイプのお母様って、子どもとのやり取りではどうなるか、というと、

 

まず、ほぼ全ての会話は、母主導です。←ここは問題ありません。

 

会話の比率を見ていくと、だんだん、お母さんの話す時間が長くなっていき始めます。

 

最終的には、子1:9親になります。

 

子どもの返事は遅く、また、何を言いたいのかもよくわからなかったりします。語尾もゴニョゴニョ言って、ごまかし始めます。

 

自分の思っていることや、言おうとしていることを、うまく伝えることができません。

 

すると、母はますます子の言葉にイライラし始め、子どもに返答を急かすようになっていきます。

 

(ここで、ヒートアップして語気を荒げ、暴言、罵声…となっていきますと、「豊田真由子 議員」の完成!となりますです滝汗。。)

 

お母さまは、国語ができるかたなので、上手に、

「そうなの?そうじゃないの?」

「言ったの?言ってないの?」

「誰が?どこで?」

というように、

YESかNOだけで、または、単語ひと言だけで、返事ができるように誘導していきます。

 

…

国語ができない子の親子ほど、こういう傾向が強いです。

 

おわかりになりますでしょうか?

 

こういう会話を、小さい頃から延延と続けてきたら、どうなるでしょう?

 

いろんな言葉を知っている子になっているでしょうか?

いろんな言い回しを使って、相手とコミュニケーションを図る子になっているでしょうか?

 

なるはずがないのです。

 

結局、子どもがやっていることと言ったら、

「ううん」と首を振るか、

「うん」とうなずくか、だけなんですから。

 

意思表示が二択なんですね。

 

あるいは、単語をたったひと言だけ 口にするだけ。

 

 

誰が、そうしているか?

誰が、その環境を作っているか?

 

親(この場合でいうと、お母さま)なんです。

 

実に惜しい、もったいない!ですよねチュー

他の人より優れているがために、却って、お子さんの国語の成長速度を緩めている、としたら。。

 

「言って聞かせる」は子育てに欠かせませんが、子どもがただ黙って聞いている時間が長すぎるのは、良くありません。

 

子どもに、もっともっと発言させてほしいと思うのです。

 

国語では、文章を書くことが何よりも難しく、重要です。

 

普段、

物事を文章で考え、言いたいことを文章で話す環境にない子が、書けると思いますか?

 

「書く」行為は、「話す」の何十倍も高い学力・知能が必要なのに?

 

まず、躾けるのは、

きちんと「文として話せる」「筋が通る話ができる」こと。

今日、学校であったこと。

今日、一番面白いと思ったこと。

今日、ちょっとイヤだったこと。

不思議に思っていること。

…

こういうことを、

しっかり話せる子に育てていくことを、第一歩だと思って、取り組んでいきましょう。

 

どくしゃになってね…