さてさて。

今夜は「神事(かみごと)」のお話を少々。

というのも、こんな質問メールを頂戴したんです。

 

前にメルマガだったかブログだったかは忘れましたが、

タカさんの実家?だったかの神棚の写真が載っているのを

拝見して驚いたのですが、私の知っている神棚

(お札をいれるだけの社的なもの)ではなく

小さなお屋敷のような存在感のある立派なものでしたので、

地方によって神棚は違うものなのか、手紙

なぜあんなに立派な神棚になっているのか、

可能であれば、どういう造りになっているのか、

もう少しじっくり写真で拝見したいなと思ってしまいました

高い所にあんな手の込んだ造りの物を、造り付けなのか

完成したものを置いてあるか・・・すっごっく興味を

惹かれました

もしかしておふだを入れる神棚ではなかったのでしょうか?

 

機会があれば詳しく教えてください!

 

 

このブログでも何回か写真を出したことがありますが、

その小野寺家の神棚がこちらです。

 

 

 

うん、たしかにどでかいっ!!

まるで社殿のようであります。

 

ちなみに僕が入ると、

 

 

こんな感じなので、いかに大きいかがおわかりいただけるかと。

 

ただ、僕にとっては子どもの頃から見てきたものなので、

「神棚ってこんなもの」と思っていたのが正直なところです。

 

地方それぞれの神棚については詳しくはわかりません。

ただ、ひとつだけ言える確かなことは……

祖父母は信仰が篤かった。

ということ。

 

僕も龍神ガガと出会ってから、古事記や日本の神様のことを学び。

改めて、小野寺家の神棚をよく見てみたんです。

 

すると中に祀られていたのは、

・出羽三山

・金比羅大権現

でした。

 

たしかに僕の祖母は、亡くなる直前まで出羽三山に登っていました。

その時は、あんまり意識してなかったけど。

おそらくそこでいろんな経験をしたのだろうと憶測します。

 

なぜなら、

「あそこで見たことは、語るなかれ、聞くなかれなんだよ」

って言われた記憶がありますからね。

 

ちなみに金比羅大権現については、

 

 

四国讃岐の金比羅宮から分霊を奉還されたことから「奥州随一の金比羅宮」と称された、

 

 

琴平神社があるので、なにか関係があるのかもしれません。

ちなみにこの神社は、目の前が海だというのに、東日本大震災の大津波の被害を受けなかったという不思議な神社。

 

 

ちなみに小野寺家のご先祖様は、お寺の建立にも関わっていたと伝えられています。

確かに祖父は、長くそのお寺の檀家の総代を務めていました。

 

そんな経緯も鑑みると、いま僕がこんな仕事に辿り着いたのも必然と言える気がしてきますね。

 

そもそもいくら古い家だからといって、こんなデカい神棚(というかもはや神殿あせる)を自宅に造ろうとは思いませんものねえ。

(ちなみにこの神棚は、古くなった以前の神棚を新しくするために、僕が中学生くらいの時に祖父がわざわざ職人に造らせたものです)

 

もし生きていたら、祖父母にいろいろ話を聞いてみたい。

そんなふうに思います。

きっと、今の僕だからわかることもいっぱいあるんだろうなあ。

 

 

 

 

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(令和3年3月21日 読売新聞朝刊)

 

 

 

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