時習館サッカー部の最強時代のチームとは昭和47年に愛知県総体予選決勝戦で岡崎城西には負けたものの準優勝した25、26回生です。
このチームが第19回東海大会に出場しました。
東海大会の1回戦は三重県1位の上野工業と対戦しました。
上野工業には3−1と圧倒して勝ち準決勝に進出しました。
この試合では監督のオフサイドトラップ作戦が見事にはまって面白いように上野工業のフォワードを置き去りにしました。
20回以上はかかったということです。
三重県大会で上野工業に勝てなかった四日市中央工業の監督が時習館の勝因を聞きにきてオフサイドトラップを取り入れると、その後全国への常連となっていきました。
準決勝ではその年の全国無敗のチーム、静岡県代表の清水東と対戦しました。
捨て身でぶつかるも早い段階で1点取られ、その後は相手のペースであっという間に1−3で敗れました。
時習館の1点は右からのセンタリングを胸で落としてサイドキックでシュートしたボールが、ポストに当たって跳ね返ったのを左足で決めました。
清水東は全国優勝までどこのチームにも負けていない強豪中の強豪でした。
結果は東海大会3位と時習館サッカー部のトレーニングの努力が実った時代があったことを現役選手も知って、意識を高めてトレーニングに取り組んでほしいと思います。
この時の2年生で1人愛知県の国体選抜選手に選ばれました。この後に続く選手が今日まで時習館サッカー部では選ばれていません。
彼は大学卒業後には現在のジュビロ磐田の前身のヤマハ発動機で活躍しました。
私ごとですが、その後に豊橋南の監督の時に清水東と練習試合をしました。
その当時の清水東には高校三羽烏と言われた、前グランパス監督の長谷川選手と共に大榎選手、堀池選手に加えて1年生に武田選手がいて、その後全日本代表選手になりました。
結果はともかくとして、大量失点は如何ともしがたかったことを思い出します。
強かった頃の時習館サッカー部でした⚽️











