夫婦再生サポーターのけいこです。
入学式や始業式が終わったかと思ったら、
もう初夏?って思うほど暖かい日が続いていますね。
私は石垣島から帰ってからも
東京まで初めて一人で車で行ったり、
姉と姪っ子と娘と私で
湯河原女子旅を楽しんだりと
あちこち動き回っていました。
首都高速の渋滞には本当にびっくりしたし、
「トイレは早めに行くべし!」と学びました(^^;;
そして、姉が予約してくれた女子旅では、
お腹も心も満たされる、
癒しとくつろぎの時間を味わうことができて、
「今を楽しめること」への感謝とともに、
最高の幸せを感じることができました。
今度は母も一緒に、
そして快く送り出してくれた夫や
離れて暮らす息子たちも一緒に、
みんなで来れたらいいなぁと
夢がふくらみます✨
「私も自由になりたいんです」
サポートの中で、そんな言葉をいただくことがあります。
そしてそれは、かつての私の想いでもありました。
今では、行きたいときに
行きたい場所へ、
誰にも遠慮せず行けることが当たり前になりましたが、
数年前の私は違いました。
旅行は家族みんなで行くもの。
そう思い込んでいたし、
学びのためとはいえ、
一泊家を空けることにも強い罪悪感がありました。
発覚当初は、
娘が学校から帰る時間までには
家にいなければいけないと決めていて、
食事会はランチ限定。
夜の懇親会なんて、最初から選択肢にもありませんでした。
終わったらまっすぐ帰る。
それが当たり前の世界でした。
だって、私はお母さんだから。
子どものご飯は作らないといけない。
誰が作るの?お母さんでしょ。
子どもを悲しませていいいの?
ダメに決まってる。
夫は仕事で忙しい。
家族のために働いてくれている。
だから頼めない。
全部、私の中の“当たり前”でした。
夫に頼るなんて、
考えたこともなかったのです。
「夫に頼めばいいじゃない」と言われても、
「うちは無理なんで…」と、最初から諦めていました。
⭐️
そもそも、私が育った環境もそうでした。
母が夜に家を空けることは一度もなく、
必ず夕飯は母が作り、
学校から帰れば、
いつも家に母がいました。
だからこそ、
結婚したらいい嫁でいないといけない。
子どもが生まれたらいい母でいないといけない。
母にとっていい娘でいないといけない。
そんな価値観が、当たり前のように根づいていました。
今思えば、
「いい」って何なんだろう?と思いますが、
当時の私の基準は、
きっと母だったんですよね。
そんな母は今でも
私が家を空けるときに
「旦那さんのご飯は?」
「子どもたちは大丈夫?」と聞いてきます。
以前は「うるさいな〜」と思っていましたが、
今では、それも母の愛なんだと
受け取れるようになりました。
私にとって
この価値観を緩めていくこと、
手放していくこと。
それが大きな転機でした。
夫の不倫があったからこそ、
ここまで人生が変わったといっても過言ではありません。
あの出来事がなければ、
きっと私は変わらなかった。
そう思います。
⭐️
結婚前の私は、
もっと自由に生きていました。
あれが本来の私だったんです。
だからこそ、
夫の自由さにどこか憧れすら感じていました。
「私も自由になりたい」
そう思っていたんです。
⭐️
「夫以上に自由になっていい」
どこかのタイミングで、
そう思えた瞬間がありました。
そこから、
夫に子どもことを頼めるようになり、
やってみたら、
「え、できるやん!」って(笑)
「仕事だから頼めない」と決めつけていたのは、
私の方だったんです。
⭐️
「夜の懇親会に行ってみたいんだけどいいかな?」
そう聞いたとき、
「別にいいよ」と
あっさり返されたあの瞬間。
「えっ!いいの?」と同時に、
どうして今まで聞かなかったんだろう、と
少しだけ自分を責めました。
でも、そのときの私は
それが最善だと思って生きてきた。
だからこそ、
「よく頑張ってきたね」って
自分を認めることも覚えました。
⭐️
今、私が自由に動けるようになった
最初のきっかけは、
「こうあるべき」に気づき、
少しずつ手放していったことでした。
⭐️
もし今、
目の前で自由にしている夫を見て
「自分ばっかり」と感じるなら、
それはもしかすると、
あなたの中の「自由になりたい」というサインかもしれません。
⭐️
少しずつでいい。
あなたも自由に動いてみてください☺️
⭐️
子どもたちが巣立っていくにつれて、
母としての自由度はどんどん上がっていきます。
今は娘と過ごす時間を大切にしながら、
夫婦の時間も、
自分の自由な時間も、
どちらも楽しんでいきたいと思っています。
⭐️
あたなは、どんな「自由」を望みますか?
公式LINEは、
つらくなったときに
ひとりで抱えなくていい場所として
そっと置いています。
[ 公式LINEはこちら]


