「国(政府)は、長年にわたって国債を発行して、国民からお金を借り続けてきたが、その総額は、ついに1千兆円を超えるまでになった。」
と言うことを、ほぼ全ての人々が間違いのない事実と受け止め、疑問を抱かない。
しかし、よく考えてみると、国(政府)が国民から借金をすると言うことには、辻褄の合わない不合理な点が多数ある。

(1)まず第一に、政府は借金を返すためには、国民に増税を課さなければならない。なるほど、政府は自分で何らかの生産をして、利益を上げることができないので、結果的に自分の借金を、国民に払ってもらう以外に方法がない。

しかし、これは大変おかしなことだ。
なぜなら、政府は国民から借金をしているのに、その借金を返すのに、国民からお金を集めて、そのお金で借金を返そうと言うのであるから。

これをわかりやすく例えると、Aと言う人間が、Bと言う人間から、100万円の借金をしたとする。
返済期日が来たので、AはBにお金を返そうとしたが、Aは全くお金を持っていない。
 そこで、AはBに向かって「100万円を返そうと思うが、僕はお金を持っていないので、君が僕に100万円をくれたなら、借金の100万円を君に返済することができる。」と言っているのと同じことだからだ。
これは、世間的常識からすれば、とてつもない暴挙だ。

(2)それでも、100歩譲って、国民の税金で政府の借金を返すとする。そうすると、やはり不都合なことが起きる。
それは、どうしても政府の1千兆円もの借金を、返すことができないと言うことだ。

なぜなら、政府の支出は、今後増える一方であり、決して減ると言う事は無いからだ。
第一に、これから高齢者はますます増える。そうすると、医療費、介護費等への政府補助はふくらむ一方になる。
また、現在、非正規雇用者(社会保険に加入していない)が雇用者全体の4割に達するが、この人たちは、将来十分な年金を受けられないだろう。
そうすると、不足の年金を政府が補助するか、あるいは生活保護を与えなければならない。それも膨大な数の人々に対してだ。
これら社会保障費だけに限っても、その増え方は凄まじいものがある。
結局、並みの増税ではとても返済は無理だ。

それなら、消費税をもっと上げて、20%、30%にすれば税収が大きく増えるので、良いではないかと考えるだろう。
しかし、このような大増税は全く通用しない。
なぜなら、国民一人ひとりの所得から大増税分の額が差し引かれるのであるから、人々はその分だけ消費を大きく控えることになり、その結果とてつもない大不況になり、最終的に政府の税収は増えるどころか、むしろ減ってしまう可能性の方が大きい。

増税すれば、それだけ国の税収は増えると言うものではない。
10上げれば、10増えると言う単純計算は全く成り立たない。
以上の点から考えて、1千兆円の借金は、絶対に返せない.どころか、反対にますます増えていくだろう。

(3)さらに不思議なことがあるのは、お金を貸した側の国民は、政府に向かって、お金を返してくれとは誰も言わない、と言うことだ。
財務省に国債を持ち込んで、これを返済してくれと言うものはいない。なぜ国民は返してくれとは言わないのか?
その理由は簡単で、国債をお金に変えたいときは、それを国債市場に持ち込めば、すぐに現金に変えることができるからだ。

要するに、政府に返済してもらう必要がないのだ。国債市場ですぐに売れると言う事は、他に国債を買いたがる者がいくらでもいるからだ。
そのほとんどは、金融機関等の機関投資家であるが、なぜ彼らは国債を買いたがるのか、それは、国債には利子がつくが、現金には利子がつかないからだ。

だから、遊んでいる現金があれば、これを国債に変えたがるのであり、要するに、資金の運用をしているのだ。
すなわち、政府が発行した借用証書である国債は、金融資産として世の中に流通し、あたかも、お金と同じように受け入れられ、使用されているのである。

さて、誰も返済してくれと言わない借用証書は、本当に借用証書と言えるだろうか?

以上、現実に照らしてみたとき、国債はもはや借金ではないと考えた方が、より合理的なのではないだろうか。

では、国債とは一体何であるのか?
「国債は政府が発行した貨幣」と考えると、上に挙げた奇怪な現象を、全てうまく説明することができる。
すなわち、政府は「国の借金証書と言う名前のお金」を世の中に発行し、そのお金は世の中から充分受け入れられ、活用されているのだと。