我々は、非常に古い貨幣発行制度を用いているので、国の借金(国債)が大量に生み出されてしまうのだ。
貨幣発行制度さえ、新しく制定し直せば、国債を発行する必要は全くなくなる。
現在、日本銀行が、紙幣(日本銀行券)を発行しているが、日銀の創立は、1882年(明治15年)だ。
当時、日本は、金本位制度を採用していたので、日銀は金を買い取って兌換紙幣(一定のレートで金goldとの交換が約束されている)を発行した。
しかし、金goldは非常に希少な金属であるので、金の総量に基づいて紙幣を発行するのでは、世の中全体に流通する紙幣の総額は、極めて限定されたものになる。
ところが、明治から大正へと時代が進むにつれて、産業が発展し、生産が増大すると、金本位制に基づいていては、生産量に対して貨幣量が不足するようになった。
生産されるモノ、サービスが増えても、それを売買するのに必要な、貨幣量が増えなければ、経済は停滞し、ついにはデフレに陥る。
しかも、この現象は、日本だけでなく、金本位制を採用していた、当時の先進各国において共通して現れた。
そして、金本位制による世界的な貨幣量の不足は、やがて、有名な「世界大恐慌」へと発展したのだ。
この苦しい経済的な行き詰まりから、脱出するために、日本を始め、先進各国は1930年代に、相次いで金本位制を離脱して、管理通貨制へと移行した。
管理通貨制度とは、金の保有量に縛られることなく、通貨管理当局の自由な裁量によって、貨幣量を増減することができる制度である。
そして、発行される紙幣は、金と交換ができない不換紙幣となった。
この貨幣制度の変換により、各国の経済は持ち直し、ようやく、世界恐慌から抜け出すことができたと言われている。
管理通貨制度は、その後90年近く経った今日においても、日本および世界の国々において、ほぼそのまま継続して、採用され続けている。
何しろ、「金の保有量に制限されることなく、当局の裁量によって、自由に貨幣を発行することができる」のであるから、産業の発展と、生産の増大に、充分対応できる優れた貨幣発行制度であり、問題は何もない、と人々は思い込んだようだ。
しかし、実は、ここに恐るべき勘違いが隠されていた。
それは、管理通貨当局である中央銀行、すなわち日本銀行は、バランスシート(貸借対照表)を根幹に、業務を遂行していると言うことだ。
バランスシートとは、企業の資産、負債、純資産の状態を表す、複式簿記のことである。
日銀は、すべての業務内容を、このバランスシートに記入しなければならない。
日銀の最も重要な業務は、通貨(お札、正確には日本銀行券)を発行することである。そして、この発行した日本銀行券は、すべて、バランスシートに記入される。
さて、ここが非常に重要なところであるが、発行した日銀券は、バランスシートの右側(貸方)、すなわち負債の側に記入される。
例えば、10億円の日銀券を発行した場合、右側に「日銀券10億円」と記入される。
しかし、バランスシートと言うものは、右側だけに記入して、終わりと言うことにはならない。
右側に10億円が記入されたのであれば、必ず、左側(借方)にも同額の10億円が、記入されなければならない。
左側(借方)には、負債の反対の資産が記入される。
資産とは、手形や債券、金地金、外貨などの金融資産のことだ。
すなわち、手形や債券などを、10億円分買い入れなければ、日銀券10億円の発行ができないのだ。
もう一度わかりやすく説明すると、日銀は、日銀券を印刷して、これを単独で、そのまま、発行することができない。
必ず、何らかの金融資産、手形や債券などを買い入れることによって、ようやくそれと同額の日銀券を、発行することができると言う仕組みになっているのだ。
かつて金本位制であった頃、日銀は、金goldを買い入れるのと引き換えに、その金goldと同額の日銀券を発行したのであるが、この場合、バランスシートの左側には、資産として金goldが記入され、右側には負債として、日銀券(兌換紙幣)が記入されていたのである。
金本位制から管理通貨制に移行したことによって、管理通貨当局である日銀は、金の保有量に縛られることなく、裁量的に、いくらでも貨幣(日銀券)を発行することができるようになったと、先ほど述べたが、実はそうではなかった。
正確には、管理通貨制になって、金goldの縛りからは、脱することができたが、バランスシートの縛りからは、脱することができなかったのである。
金本位制の時代は、左側の資産としては、金gold しか買い入れることができなかったが、管理通貨制になると金gold プラス手形、債権をも買い入れることができるようになったので、それだけ、日銀券を発行できる額が、飛躍的に増えたのは確かだ。
しかし、制限があることには違いない。決して無制限に発行できるようになったのではない。
さて、日本においては、金本位制から管理通貨制に移行したことによって、大幅に貨幣量が増加し、戦後の高度成長期から、その後の安定成長期えと、極めて順調に、経済は発展成長を遂げた。
ところが、1990年のバブル崩壊から、次第に変調をきたすようになり、やがて、1997年当時の財政改革、すなわち、消費税増税と緊縮財政を契機に、いっきょに経済が失速し、デフレに陥り、長い不況のトンネルに突入した。このトンネルから、いまだに抜け出せないまま20年以上が経過する。
で、この長いデフレ不況の原因は、何であるのか?
それは、やはり、今日の凄まじい産業の発展と、著しい生産の増大に対して、現在の貨幣発行制度、すなわち管理通貨制度が、もはや時代遅れなのだ。
手形や債権を買い取るといっても、世の中に出回る手形や債権(おもに社債など)の総額は、それほど多いものではない。
誰かが、大口の債権を発行してくれなければ、著しい生産の増大に見合った、大量の貨幣発行は不可能だ。
何しろ、毎年数十兆円もの貨幣を発行しなければ、追いつかないのだから。
そこで、国内で唯一、大量の債券を発行できる機関である、政府が、仕方なく登場して、国債を発行することになるのだ。
本当は、日銀が、バランスシートによる貨幣発行制度でなければ、政府が大量の国債を発行する必要などないのだ。
すなわち、日銀がバランスシートを用いない貨幣発行制度であれば、金融資産(手形や債権)を買い取ることもなく、日銀券をいくらでも印刷して、それをポンと発行することができるのだ。
問題は、生産の増大と調和のとれた、貨幣量の発行の仕方でさえあれば良いのだ。
そもそも、20世紀の後半から21世紀にかけて、どれほど科学、技術が進歩し、そして、どれほど生産能力が増大したか。それに合わせて、著しく貨幣量を増やさなければならなかったのに、貨幣発行制度は、90年前の大昔にできた、バランスシートに縛られた、管理通貨制度と言うものだ。
これでは、いくらなんでも、時代の凄まじい変化に、追いつくことができない。
結局、発行した貨幣量と同じだけの国債発行が行われ、それが、国の借金と言う巨大な重しとなって、日本国にのしかかり、ニッチモサッチもいかなくなっているのだ。
これはまさに、時代の変化に合わせて、貨幣発行制度を、変えることをしてこなかった人間の、愚かさと言うものだ。
国債は国の借金ではない。どれだけお金を発行したかと言う単なる記録でしかない。
