国(政府)は、国会で審議して、一年間の予算を組む。通常、予算額は税収よりかなり多くなるので、その不足分は、国債を発行して補う。
長年の間、多額の国債を発行し続けてきたため、国債残高は、およそ1千兆円近くに上る事は、国民の間によく知られている。

ところで、1千兆円もの国債は、一体誰が買っているのか。
その大半は、銀行、保険会社、年金機構などの機関投資家が買っているのだが、銀行の預金や保険、年金の掛け金は、国民のお金であるので、国民が間接的に国債を買っていることになる。
我々は、国債を買った覚えはなくても、実際は、国民全体で国債を買い支えているのだ。

さて、国債発行残高が1千兆円と言う事は、国(政府)は、1千兆円もの借金を抱えていると言うことであり、財政赤字が1千兆円と言うことになる。
その額はあまりにも大きすぎるので、財政の健全化を図らなければならない、と言う考え方が、政府及び国民の間に浸透している。
そして、そのためには、消費税その他の税を上げるのは、やむを得ないことであると、広く意識されている。

なるほど、増税によって国の収入を増やし、それによって借金を返済するのは、一見、道理にかなっているように思えるのであるが、よくよく考えてみると、これは極めておかしな、矛盾に満ちた行為であることがわかる。
なぜなら、国(政府)は、国民からお金を借りているのだ。国民からお金を借りているのに、そのお金を返すために、再び国民からお金を集めて、そのお金で国民から借りたお金を返そうと言うのである。
これは、極めて矛盾に満ちており、常識的には考えられないことだ。

これを、個人の借金に例えると、Aと言う人間が、Bと言う人間から100万円を借りたとする。返済期日が来たので、AはBにお金を返そうとしたが、返すお金がない。仕方がないので、AはBに向かって「100万円を返そうと思うが、僕はお金を持っていないので、君が僕に100万円をくれたなら、借金の100万円を君に返済することができる。」と言っているのと同じことだからだ。こんな途方もない横暴な話があるだろうか。

しかし、よくよく考えてみると、政府とは、非営利団体であるので、何らかの商売なり、生産になりを行って、お金を稼ぐと言うことができない。
お金を稼ぐことができない相手に、われわれ国民は、お金を貸してしまったのだ。
すなわち、無収入の人間に、お金を貸してしまったのと同じことだ。
これでは返済してもらうのは無理だろう。
我々国民は、政府が無収入であることを知っていて、お金を貸したのであるから、返してもらえなくても仕方がないと、諦めるしかない。

だから、政府は国民から借金をしたままで良いのである。返済しなくて良いのだ。
なぜなら、もともと返す能力のない相手に、金を貸したのであるから、これ以外にどうすることもできないからだ。

ところが不思議なことに、政府は国民に向かって、ぜひお金を返したいと言うのである。で、ついては、返すお金を政府によこせと言うのだ。
そして、消費税や所得税その他の税をどんどん上げるので、国民はしなくても良い困窮を味わわされるのだ。

ところで、ここに、なおいっそう奇妙なことがあるのは、国民の側は誰1人として、国債を返済してくれと言うものが、いないと言うことだ。
財務省に国債を持ち込んで、これを返済してくれと言う者は、見たことも聞いたこともない。
それは何故かと言うと、国債には利子がつくからだ。一方、国債を返済してもらって、現金に変えてしまうと、現金には利子がつかない。利子がつくものと、利子がつかないものとでは、どちらが良いだろうか。それは、利子がついた方が良いに決まっている。

銀行や保険会社は、資金を運用して利益を上げなければならない。預かったお金を現金のまま持っていては、運用にならない。
国債は利率は低いが、しかし、国が発行するものであるから、これほど安全な資金の運用方法は無い。
だから、銀行、保険会社は、国債を買いたがるのだ。
だから、国(政府)が、国債を出しても出しても、すべて売り切れるのだ。

もし、国債を現金に変えたいのであれば、[国債市場]と言うものがあるので、ここで国債を売れば良い。買い手はいくらでもいるのだから。財務省に持ち込む必要など全然ない。

さて、国債なるものは一体何であるのか?
これは、本当に国の借金なのだろうか?
そもそも、借金と言うものは、貸した者が返してくれと言うから借金なのであって、返してくれと言わない借金は借金ではないだろう。

むしろ、国債
は国が発行した金融資産と言うべきものではないだろうか。
現実において、日本社会は、まぎれもなく国債を金融資産として受け入れ、そして世の中に立派に流通しているではないか。
名前は「国が発行した借金証書」ではあるが、名前には実体などない。
むしろ、実体は現実にどんな役割を果たしているかで決まる。

そして、なおも国債は国の借金とは思えない節がある。
国債を返済するために、増税すると、たちまち消費が落ち込んで、不況に陥る。そうすると、税収は増えるどころか、かえって減ってしまうので、借金を返済するどころではない。ますます借金が増えてしまう。
過去、消費税を上げたときは、必ずこのパターンを繰り返してきた。
このことは、一体何を意味するのか?
日本経済全体が、国の借金を返してくれるな、増税はしてくれるなと言っているのだ。
それが、市場の原理が下した判定である。

なぜなら、国債は国の借金ではなくて、お金(正確には金融資産)だからだ。国債を発行する事は、お金の発行と同等であるからだ。国債を返済すると、それだけ世の中からお金を消滅させることになる。

最後に、なぜ国債は国の借金ではないかを簡単に述べる。
それは、日本が戦後、産業が急激に発達し、生産が著しく増大したからだ。
統計で示すと、1955年から1997年までの42年間で、GDPは約60倍に増えている。これはすさまじいばかりの経済発展である。
例えば、生産能力が2倍になり、生産されるモノ、サービスの量が2倍になれば、当然これらを取引、売買するのに必要なお金の量(マネーサプライ)も、2倍にならなければならない。
生産量(GDP)が60倍になったのであれば、お金の量も、少なくとも60倍以上にならなければ、一国経済は成り立たない。
で、当然、お金の量(マネーサプライ)は、60倍以上になったのだが、それは、どういう方法で60倍以上になったのかと言うと、日銀が公開市場操作の買いオペレーションによって、お金(日本銀行券)を世の中に送り込んだからだ。
買いオペレーションとは、手形や債券などの金融資産を買うことによって、それと同額の日銀券を世の中に(正確には銀行に)送り込むことだ。

急激に生産が増大する場合には、それに合わせて、膨大な額の買いオペをしなければならない。それには、民間が発行する小口の手形や債権を買い取っていては、とても間に合わない。
どうしても、大口の債権を買い取る必要がある。その大口の債権として最もふさわしいものは、国債以外にはない。
そこで、政府は市場の要求に従って、巨額の国債を発行し続けたのだ。

日銀による貨幣発行方法は、[政府による国債の発行]+[日銀による国債の間接的買取] 以外にないからである。
政府は、国民から借金をしたのではない。
国民にお金を発行したのである。

日銀の貨幣の発行方法については、後編で詳しく説明する。