戦後、日本は1950年代から1970年代にかけて、高度経済成長と言われる、著しい経済成長を遂げた。
繊維工業などの軽工業から、重工業へと発展し、各地に大工場が建造され、日曜必需品から家電、自動車、船舶と大量生産大量消費の時代が到来した。
大工場では多数の従業員を雇用し、また、周辺には下請けの中小零細工場が林立し、ここでも多くの従業員を雇用した。

当然、これらの人々が生活する住居、アパートが建てられ、電気、水道、ガスが施設され、道路が整備された。また、建築、土木会社、工務店などが創業し、人々が雇用された。
さらに、これら雇用者が利用する商店、スーパー、飲食店なども次々に誕生していった。
このように、産業が発展し、生産が増大する一方で、多くの雇用者あるいは自営業者が生まれていた。
企業は生産を行う上で、人間の労働が欠かせないので、競うようにして人々を雇用していった。このような状況の中で、必然的に労働者の賃金は上昇していった。

分けても大企業は、同業他社との激しい競争の中で、より優秀な人材を獲得するために高い賃金を提示した。
中小零細企業も、それに続くように賃金を上げることを厭わなかった。能力の高い者も、それほど高くない者も、すなわち従業員全員が、ベースアップとして毎年必ず昇給した。
4、5人ぐらいの零細企業でも、5千円ぐらいは毎年昇給した。

企業は、工場を建設し、機械などの生産設備を導入し、原材料仕入れるために多額の資金を調達しなければならなかったが、そのほとんどは銀行からの借り入れであった。
大企業から中小零細、自営業者に至るまで、皆銀行から借り入れた。その総額は毎年膨大な額に上ったであろう。
それほどの膨大な資金を、そもそも銀行は、この時代、保有していたのかと言うと、実は日本中のお金をすべてかき集めても、大した額はなかったのだ。この当時、日本のマネーサプライは、わずか4兆円でしかなかった。
それでも、何の問題もなく銀行はお金を貸すことができた。なぜなら、銀行は信用創造(預金創造)と言う機能を持っているからだ。銀行(預金取扱機関)は、自行が保有する現金の、何十倍かそれ以上のお金を貸すことができるからだ。
なぜなら、銀行は現金を貸すのではなく、預金をつくって貸すからだ。すなわち、銀行は貸す相手の通帳に、数字をポンと印字するだけでお金を貸したことになるからだ。(したがって、よくよく考えてみると、銀行は無いお金を貸して利子をとっていることになる)

統計を見ると、1955年当時、日本のマネーサプライは4兆円ほどであったが、それが12年後の1967年には、30兆円にまで増えているのだ。
なぜお金が増えたのか?それは、企業、自営業者が銀行からお金を借りまくったからであり、銀行は信用創造機能をフルに発揮して、預金を作りまくったからだ。
高度経済成長と言う、産業が急激に勃興し、生産が著しく増大する社会にあっては、世の中に出回るお金の量(マネーサプライ)が増えなければ、取引、売買に大変な支障をきたすことになる。また、年々上がる雇用者の賃金も払えなくなる。
そうなれば、経済が回らなくなって、高度経済成長は実現できなかっただろう。実に、銀行の信用創造は、重大な役割を果たしたことになる。

それでは、「通貨の番人」である日本銀行は、何をしたのかと言うと、銀行から手形や債権を買い取って、現金(日本銀行券)を銀行に支払うと言う行動(公開市場操作の買いオペ)をしただけだ。
日銀は、世の中に対して直接お金を送り込む事はできない。銀行に送り込むことができるだけだ。あとは民間が銀行からどれだけお金を借りるかにかかっている。
誰かが銀行からお金を借りなければ、世の中のお金は全然増えないのだ。

ちなみに、マネーサプライは1997年には569兆円にまで増えている。これはすなわち、誰かが銀行からお金を借りた額に等しいのだ。
このようにして、世の中のお金の量は増えていったので、企業は従業員に対して十分な給料を支払うことができたし、年々昇給することもできた。何しろ、世の中のお金が増えなければ、人々の給与(所得)も増えようがない。

以上は、戦後から1990年代にかけての、日本の経済発展の様態を述べたものだ。
いろいろな産業が勃興し、それにつれて多数の人々が雇用されて、人間の労働に対する需要が高まり、必然的に賃金は上昇した。
人々の賃金(所得)が増えるので、それだけ消費が旺盛になる。すなわち、モノ、サービスの生産量は増大するが、その増大した生産量を、充分消費(需要)することができると言うことだ。
生産(供給)が増大するが、消費(需要)も増大するので、非常にバランスの良い経済状況が生まれ、GDP (国内総生産)は、極めて順調に上昇した。
その上、多数の企業、自営業者が設備投資の資金として、銀行から多額の借り入れをしたので、世の中のお金(マネーサプライ)もぐんぐん増加し、ここに「供給」と「需要」と「マネーサプライ」と、3つの重要な経済要素が、揃って上昇すると言う、見事な発展、成長経済を実現したのである。

ところが、この素晴らしい経済状況は、永久に続くものではなかった。なぜなら、順調に上昇していた賃金が下がり始めたからだ。その原因は、科学、技術が進歩しすぎたことにある。
機械、コンピューター、ロボットが発達して、それまで人間が携わっていた仕事を、次第に奪っていったからだ。
失業率の推移を見ると、戦後、常に1%から2%程度であった失業率が、1990年以降徐々に上がり始め、2002年には、ついに6%にまで跳ね上がったことに、それは表れている。
この失業率が高くなる様子を見た企業経営者は、決してぼんやりはしていなかった。時代が変化したことを感じ取り、賃金を下げる行動に出たのだ。また、それより前の1985年には、企業経営者の団体(経団連等)は、労働者派遣法と言う法律を、政治に圧力をかけることによって成立させている。

彼らの時代状況を先読みする能力は優れている。この法律によって、それまでになかった非正規雇用と言う雇用形態が合法になり、今や労働者の4割が非正規労働者と言う有様だ。彼らの賃金は、正社員の半分程度だ。
このようにして、1997年以降、労働者の平均賃金は低下し始めたが、それはすなわち需要の低下に直結することであるので、GDP も1997年以降低下し始めた。
生産能力の向上が、GDPの向上に連動する時代は、この時はっきりと終了した。
反対に、生産能力が向上すればするほど、GDPは低下すると言う時代に突入したのだ。

さらに追い打ちをかけるように、かつて多額の銀行借り入れをしていた企業が、借り入れを返済し始めたのだ。なぜなら、これらの企業は十分な利益を上げた上に、もはや、それほど設備投資をする必要がなくなったからだ。
銀行からの借り入れを返済するとどうなるか。当然、世の中のお金(マネーサプライ)は、それだけ減ることになる。
銀行からお金を借りると、それだけマネーサプライが増えるのだから、その逆の返済をすると、マネーサプライは、当たり前だが減ってしまうのだ。

さて、賃金が低下し、GDPが低下し、マネーサプライが減少し、挙句の果てにデフレになってしまった日本。
さすがに政権党は何もしないわけにはいかないので、国債を毎年30兆円、40兆円と発行して、政府支出(公共事業費、社会保障費、地方交付金)などにあてた。そうすると、この30兆円、40兆円は需要の創出になるので、ある程度GDPの低下を和らげる働きをする。
しかし、それでも国債の発行額が少なすぎるので、GDPの上昇にはつながらない。おそらく倍の70兆円、80兆円と発行して、需要の創出に当てれば、いくらかGDPは上向くだろう。それほど現在の日本国における需給のギャップは大きいのである。
次に、政府が国債を発行すると、その半分近くを銀行が購入するので、それだけマネーサプライは増加する。およそ20兆円ほどマネーサプライは増えることになるのだ。このことによって、国債発行は世の中に出回るお金の量が減少するのを防いでいる。政府の国債発行は、需要を創出し、かつマネーサプライを増加させているのだ。