国(政府)は、国民から税を徴収するが、徴収したお金は予算執行によって、1年かけて全額国民に戻っされる。
国(政府)が、税の一部を自分のものにする事は無い。国会議員、公務員は、税のうちから給与が支払われるが、これは労働の報酬として正当に支払われるのである。
国(政府)は、税収以上に歳出をする場合は、その不足分を国債を発行して補う。
国債を買うのは、ほとんどが日本人または日本の機関(外国人はごくわずか)であるので、国(政府)は日本国民からお金を借りることになる。
そして、この日本国民から借りたお金も、予算執行によって全額国民に戻っされる。
さて、ここに通常の借金と国債(国の借金とでは、大きな違いがあることがわかる。
国(政府)は、国債を発行して国民から借りたお金を、公共事業や社会保障、地方への交付金として歳出する。
公共事業とは、道路、橋、トンネル、ダム、公共の建物などを建造することであるが、これらは全て国民の利便性のために行われる事業である。政府の得になるから行うことではない。
社会保障とは、医療費や年金等に当てられるお金で、これはもちろん国民のためになるものだ。地方交付金も同じことだ。
国(政府)は、国民から借りたお金を全て国民のために使うのであるが、いったいこれが通常の借金と同じ種類のものと考えられるだろうか?
通常ある人間が、別の人間からお金を借りた場合、借りた人間は自分のためにこのお金を使うだろう。借りた相手のためにお金を使う事はありえない。
そもそも、お金を借りた人間と、お金を貸した人間の間には、利害の対立が生まれる。借りた人間が貸した人間にお金を返さない場合、貸した方の人間は損害を被ることになる。また、お金を返さなかった人間はそれだけ得をしたことになる。
一方が得をすれば、一方が損をすると言う関係、すなわち利害の対立が生まれる。
これが通常の場合の金銭貸借の関係性である。
ところが、国(政府)と国民とのあいだには、この通常の関係性が全く成り立たない。何しろ、国(政府)は、国民から借りたお金を使って、国民のためになること、国民の得になることばかり行うのであるから、全然普通の金銭貸借とは違う。
しかし、よくよく考えてみると、国(政府)と国民とのあいだには利害関係と言うものが、もともと存在していない。
なぜなら、政府は国民の代表であるからだ。国民の代表であると言う事は、すなわち国民と同一の存在であると言うことだ。
政府と国民は一心同体であるのだから、利害が対立するはずはない。共通の利害を有する存在である。
そうであるなら、金の貸し借りと言うこと自体が成立しない関係ではないか。
そうであるなら、政府と国民とは、同一人物に例えることができる。
ある一人の人間が、自分の右のポケットからお金を取り出し、左のポケットに貸しつけ、左のポケットは右のポケットに、借用証書を渡すようなものではないか。
その借用証書が、たまりにたまって巨額になったので、左のポケットは、大変だ俺はこんなに借金をしてしまったと言って、頭を抱え込んで悩んでいるのだ。
こんなおかしな人間が世の中にいるだろうか?
以上のことから導き出される結論は、国(政府)は、国民からお金を借りることはできない、それは理論上ありえないと言うことだ。政府と国民は同一人物なのだから。
「しかし、そんなことを言っても、現実に政府は国債を発行して国民からお金を借りているではないか」と反論するだろう。それに対しては「いえいえ、これら一連の貸借行為は茶番なのですよ」と答えることができる。
政府がお金を借りるふりをしなければ、世の中に出回るお金の量を増やすことができないからだ。前回のブログで述べたように「日本の現行の貨幣発行制度」によれば、誰かが銀行からお金を借りなければ、世の中のお金は増えないからだ(銀行の信用創造)。
科学、技術が進歩し、生産が著しく増大する社会にあっては、必ず世の中に出回るお金の量は増えなければならない。そのお金を増やすためには「政府が国債を発行して銀行からお金を借りる」しかないのだから仕方がないのです。
だから国債の発行は茶番劇なのです。お分かりですか「お偉い方々」。
国債発行残高は1千兆円にもなります。なぜこんなに巨額になったのか? それは、国(政府)が返済期日が来ても国債を返済しないからです。
国債は5年もの、10年もの、20年ものと返済期日が決まっているが、期日が来ても皆借り換えるのです。5年の返済期日が来たら、引き続き5年物の国債を買ってもらうのです。
このようにして、いつまでたっても返済しないので、発行残高が1千兆円にもなったのです。
それに、国債を買った側は、返済してもらわなくても、誰1人として文句を言わないのです。返済してもらわなくて良いのです。なぜなら、国債は利子がつくからです。返済されて現金になれば、利子は尽きません。
銀行、保険会社、証券会社などは、現金よりも利子のつく国債のままの方が嬉しいのです。
さて、返済してもらわない方が良い「借金」と言うものがあるでしょうか? そんなものは「借金」とは言わないでしょう。
結論 国家が発行する借金証書は金融資産となって、立派に世の中に流通するので、何の問題も起きないのです。(生産が増大する社会においては)
