経済の実体は生産です。生産されたものを取引、売買する上で便利が良いので貨幣を使用するのです。
当たり前ですが、貨幣がものを生産するわけではありません。
生産は、生産設備と人間の労働が合わさって成し遂げられます。したがって、貨幣の存在理由を作り出すものは、生産設備と人間の労働です。

例えば、夫婦2人が営む細やかな食堂があるとします。ここでは、飲食サービスと言う生産が行われます。
そうすると、この飲食サービスを購入する客がいて、そこそこの売り上げがあります。この場合、この細やかな食堂は、その売り上げに相当する貨幣の存在意義を作り出すのです。
この場合、この細やかな食堂は、その売り上げに相当する貨幣の存在意義を作り出すのです。
「生産が貨幣に価値を与えた」と表現することができます。

次に逆の場合を考えてみます。
ある人が、ボストンバッグに札束をいっぱいに詰め込んで、砂漠のど真ん中に出かけていったとします。そこには、スーパーもコンビニもホテルもありません。自動販売機もありません。あるのは、ただ砂ばかりです。
この人は、食事や飲み物をとって、一晩ゆっくり休むことができるでしょうか。
いえ、全然できません。当たり前ですが、この場合ボストンバックの中のお金は何の役にも立ちません。砂漠のど真ん中では、生産と言うものが全く行われていないから、お金は役にたたれないのです。

ものすごく簡単なことですが、生産のないところでは、貨幣は全く存在意義(価値)がありません。ただの紙切れに過ぎなくなるのです。

以上まとめると、「生産があるから貨幣が意味を持つ」のです。貨幣自体がものを生産するわけではありません。

「馬鹿にするな、そんな当たり前の事は、言われなくてもわかっている。」と言うでしょうが、実はこれほど当たり前のことがわからない人が多いのです。
政府の「ゴートゥー政策」がまさにこれです。
飲食業界を助けるために、みんなで食事にいきましょう。食事代の何割かは、国が補助しますと言う、この政策によってある程度飲食業界は潤ったでしょう。
しかし、これによって、コロナは確実に蔓延しました。現在の感染者数の急増には、目を覆いたいぐらいです。

そこで、今度は一転して、政府は緊急事態宣言を発令し、営業時間の短縮を要請すると言う有様です。
要請に従えば、ある程度補助金が出るようですが、それでも焼け石に水のようで、かなりの倒産は免れないでしょう。

結果的に、政府の「ゴートゥー政策」は何をもたらしたのか?  間違いなく、感染の急増と飲食業界の苦境の両方です。
「二兎を追う者は、一兎をも得ず」のことわざを見事に成し遂げたのです。
どうして、こんな間違いを犯してしまったのでしょうか? 

正しい解決策は、こうなります。
政府は、コロナを蔓延させないために、飲食業を全て休業させ、その上で経営を続けられるように、十分な補償を与えるのです。
そうすれば、コロナがおさまってから、飲食業は再び営業を開始することができます。なぜなら、食堂という生産設備と、人間の労働は、国の保障によって維持されているからです。
こうして、めでたくコロナの感染を終わらせ、なおかつ、食堂と言う飲食サービスの生産は続けることができるのです。「二兎を追う者は二兎を得ることができた」のです。

それはおかしいと言う反論が出るでしょう。日本中の食堂及びその他のサービス業(旅行、娯楽関係など)を全て休業させて、その上、それらに十分な補償を与えたなら、国は莫大な財政赤字を負うことになるではないか。これを一体どうするのかと言う反論です。
いえいえ、国はお金をいくらでも、ただで刷ることができるのです。お金は、お金自体では何の価値もありませんが、生産が行われるところでは価値を持つのです。
国(政府)は、食堂と言う生産設備と人間の労働を、存続させることができたではないですか(十分な補償を与えることによって)。生産を存続させることができた以上、その生産に相当するお金に価値を与えることができたのです。
もし、生産を毀損させてしまったなら、その生産が生み出す価値に相当する金額を、喪失してしまっていたのです。

これが生産と貨幣の関係です。
生産を維持することができたのだから、そのために出費した国のお金は価値を生んだのです。
もし、保証を与えずに生産を消滅させていたなら、その消滅させた生産に相当する金額のお金を、消滅させることになったのです。
国の財政赤字が増えたのは、単なる形式に過ぎません。これこそ、日銀が買い取って消滅させれば良いのです。すぐにできます。
生産自体がお金を生み、価値を与えるのです。その逆ではありません。これは、現在の日本の巨額の財政赤字全体について言えることです。生産を維持するためにできた赤字です。日銀が買い取って消滅させれば良いのです。何の問題もありません。

もし、以上の理屈が納得いかないようなら、ボストンバッグに札束を詰め込んで、砂漠のど真ん中に行ってみてください。いやと言うほど納得することができるでしょう。