国(政府)は、国民から税を徴収するが、その集めたお金を自分のものにする事はできません。税金は全て国民に戻されます。
また、国(政府)は、国債を発行して国民からお金を借りるが、このお金も全て国民に戻されます。国民から集めたお金の一部を自分のものにすると言う事はありません(政府関係者が不正を働かない限り)。
なぜなら、日本国は民主国家であるので、政府は100%国民に奉仕するために存在するからです。政府は非営利団体(NPO法人)であり、自己のために利益を追求することはありません。だから、国民から集めたお金は自分のものにすると言う仕組み、理由がないのです。
そもそも政府は、国民の代表であるので、政府と国民とは一心同体の関係であり、共通の利害を持つのです。政府は、国民の利益を追求し、国民の害を取り除くのが仕事です。
このような両者の間に、金銭の貸借は成立しません。国(政府)が国債を発行して、国民からお金を借りる(形式的に)のは、実質的には貨幣の発行を行っているのです。
国債を発行して、国民からお金を借りるが、そのお金は全て国民に戻した上に、国債(金融資産、貨幣とほぼ同じ)はそのまま国民に与えると言う形をとって実質的には貨幣を発行しているのです。
それでは、なぜ貨幣(国債)を発行しなければならないのか?
それは、科学、技術がとどまることなく進歩し、国全体の生産能力は加速度的に増大するのに対して、それら大量に生産されたものを、購入するのに必要な十分なお金を国民が稼ぐことができないからです。
生産能力が高まれば(生産性が上がれば)労働者の賃金は上がる、と言うことにはならないのです。(1997年以降、平均賃金は下がり続けています)
なぜなら、労働者を雇う側は、必要経費を少なくして利益を上げるために、労働者の賃金を削減しようとするからです。
その結果、起きる現象は何でしょうか?
生産能力は高まって、生産されるモノ、サービスは増える一方であるのに、それを購入するのに必要な国民全体の所得が少なくなると言う現象が起きているのです。
これが、国全体の大きな需給ギャップ(供給は多いが需要が少ない)と言う状態を生み出しているのです。そして、これはデフレの原因にもなっています。
しかし、この需給ギャップを、ミクロ経済主体(個人、企業)はどうすることもできません。企業が利益を上げるために賃金を下げるのは当然のことです。また労働者側は、他に仕事がなければ安い賃金でも働くしかありません。
したがって、ミクロ経済主体に任せていては、もはやどうしようもなく国が貧しくなるしかないと言う状況に陥ってしまっているのです。(生産能力が高まりすぎたために)
日本は、この状態がすでに20年以上も続いているのです。
さて、ミクロではどうすることもできない状況を打ち破ることができるのは、唯一政府(マクロ経済主体)しかありません。
政府は貨幣を発行する権限を持っているからです。政府は、本当はお金をいくらでも刷って、これを使用することができるのです(政府紙幣の発行)。
政府は自分で刷ったお金を、財源としてこれを税収と同じように歳出することができるのです。
この政府紙幣は、過去に一度、発行されたことがありました。それは明治10年、西郷隆盛の西南戦争の時でした。この時、政府紙幣を大量に刷って、戦費に当てたのですが、これが原因で悪性インフレになったため、以後、政府紙幣発行を完全に封印したまま、今日に至っているのです。
そして、紙幣発行の権限は、中央銀行である日銀に移譲したままになっているのです。こうして、貨幣(紙幣、預金)の発行は、[日銀ー銀行]というシステムによってのみ行われているのです。
このことから、誰かの負債は誰かの資産と言う図式が出来上がったのです。誰かが銀行からお金を借りると、世の中のお金が増えると言うことになるのです。そして、政府の借金は国民の資産になるのです。
ところが政府紙幣の場合は、政府は借金をしなくても、ただお札を印刷すれば良いのですから、これは純粋に資産になり(通貨発行益)、誰の負債にもなりません。
だから、お金が足らないのであれば、政府紙幣を発行すれば良いのですが、頭の固い政治家ばかりなので、そんな思い切ったことはできないでしょう。
明治時代の生産能力と、現代の生産能力は天地雲泥の違いがあるので、政府紙幣を発行しても、簡単に悪性インフレにはならないのですが、結局、[日銀ー銀行]による貨幣発行システムを続けるのであれば、政府は国債(貨幣と同じもの)を発行して、需給ギャップを埋めるしかないのです。
政府は、税収以上に歳出することによって、それだけ世の中のお金を増やすことができるのです。税収だけ歳出していたのでは、全然お金が増えないのです(世の中が不況で民間が銀行からお金を借りない場合)。
均衡財政(緊縮財政)ではダメなのです。プライマリーバランスを達成しようと努力するのは間違いです。消費税などは撤廃すれば良いのです。消費税は国民の所得を奪うのであるから需給ギャップを大きくするだけです。
最後に、国債は国の借金ではなく、貨幣の発行であることを示す状況証拠をいくつか挙げてみます。
①国(政府)は、多額の国債を発行し続けても、国債の金利は、さっぱり上がらないどころか、むしろ非常に低い水準を維持しています。通常、借金の額が大きくなると、高い金利でなければ誰もお金を貸さなくなるはずです。
②国債を返済するために、消費税等を上げると、たちまち消費が落ち込んで不況になり、かえって国の税収は減ってしまい、ますます国債の返済は難しくなります。
すなわち、市場の判断は、増税して国債を返済することを拒否しているのです。
③国(政府)は、国債を発行して国民からお金を借りているのに、国債を返済するためには、増税して国民からお金を徴収しなければ、返済することができません。政府は、何らかの生産活動をすることによって、お金を稼ぐと言うことができないからです。それなら、最初から自分の力でお金を返すことができないのに、お金を借りていることになります。この矛盾をどう考えればよいのでしょうか?
それなら、最初から自分の力でお金を返すことができないのに、お金を借りていることになります。この矛盾をどう考えればよいのでしょうか?
個人Aが個人Bから100万円を借りて、100万円の借用証書をBに渡し、そのお金を使い果たしたとします。ところが、Aは働いてお金を稼ぐ能力がないので、Bに向かって、「100万円を自分にくれたなら、借りている100万円を君に返済することができる」、と言っているようなものです。こんな筋の通らない話は、世の中では通用しません。
結論として、国(政府)は国民からお金を借りたのではなく、国民に貨幣を発行したのです。お分かりですか? 池上彰さん。