我々は資本主義経済を営んでいるが、資本主義とはそもそも何であるのか、曖昧なままこの言葉が使われている。
本来、資本とは機械などの生産設備のことであって、資金と言う意味ではない。よって「資本主義」とは「生産設備主義」もしくは「生産設備発展主義」と言うほどの意味になる。
「資本家」と「労働者」と言う場合、資本家とは工場などの生産設備を所有する者のことであって、資金を所有する者と言う意味ではない。しかし、生産設備を所有するためには資金が必要なので資本と資金は同義語のような使われ方をしている。
一方、労働者とは生産設備を所有していないので、自己の労働力を提供して賃金を得るしか生きる術のない者のことである。

  1781 年、イギリスでジェームズ•ワットが、人類史上初めて機械による動力「蒸気機関」を発明した。それまでの動力は人力、風力、水力、畜力であった。
この機械による動力は、強い力を安定的に持続させることができるので、他の機械、例えば紡績機などに連結することによってそれまでと比べ飛躍的に生産を高めることが可能になった。これが資本主義(生産設備主義)の始まりであった。
それまでの、道具を使う程度の家内工業と農業しかなかった社会に資本(機械と言うモノを大量に生産する設備)が誕生したのである。
そして、機械及び動力は時代とともに工夫、改良され進歩、発展して、ますます生産能力を高め、現在我々がよく知るところの豊かな社会が築かれたのである。
「資本主義」とは「生産設備を進歩発展させ豊かな社会を築こうとする主義」である。「資金(お金)主義」あるいは「お金が一国内のみならず世界を駆け巡る主義」では無いはずである。
かつて世界は、資本主義と社会主義の二大陣営に分かれて対立したが、社会主義陣営であっても生産設備を発展させて豊かになろうとしたのであるから、社会主義でありながら同時に資本主義でもあったと言える。その意味においては資本主義と社会主義は対立するものではない。
両者は何が違っていたのかと言うと、一方は市場経済であり、もう一方は計画経済であったと言う点である。生産設備を発展させると言う点では同じでも、その方法に違いがあった。そして結果的には計画経済より市場経済の方が効率が良いことが明らかになったと言うことである。

科学が進歩し技術も進歩し続ける以上、生産設備はとどまることなく発展し続ける。人類はなおいっそう豊かになる事はあっても貧しくなる事は無い。それが資本主義(生産設備発展主義)と言うものである。
ところが、昨今、その資本主義に変調が見られる。豊かさが一部の人々に集中し他方において貧困層が広がりつつある。
人間の強欲さには限りがないが、その強欲を追求することを資本主義は拒絶しないどころかむしろ奨励する特性がある。人間の強欲が資本主義経済を発展させたと言っても良い位だ。そうであるならなおのこと、資本主義(生産設備が進歩発展して多くの豊かさを生み出す主義)は、しっかりと人間がコントロールしなければ、その多くの豊かさは一部に偏在して貧富の差が拡大するしかないだろう。