人間には個人によって能力差がある。能力の高い者は高い収入を得るだろうから金持ちになるのであり、反対に能力の低い者は定収入に甘んじなければならないだろう。よって、貧富の差が生まれるのは当たり前であり、無理に格差をなくして、平等な社会を目指そうとするのはおかしいのではないか、と言う意見がある。

これは、もっともな考え方のように思えるが、よく考えると実は浅薄な考え方でしかない。

まず、現在我々が享受することのできる豊かさは、一体誰がいつどのようにして築いたのか、と言う事について考えてみなければならない。

モノを製造する生産設備は、物理学、化学などの科学上の数々の発見と、それを応用する無数の技術上の発明、工夫によって進歩発展してきたが、これらの発見、発明、工夫の大部分は過去の人々、すなわち我々の先人

によって考え出され、生み出されたものである。我々現代人が生まれる前にすでに、現在の社会の物的繁栄の大本になる部分は出来上がっていたのである。

現代に生きる人間の成した事は、これら先人の業績をそのまま譲り受け、その上にほんの少し工夫、改良を加えた程度のものであるに過ぎない。

例えば、世界的に有名なコンピューター会社のCEOは、会社発足当初、コンピューターを巨大化、セントラル化する方向に事業を発展させるのではなく、個人が手軽に扱えるパーソナルコンピュータタイプとして開発、販売してそれが大ヒット商品となり、このCEOはスーパーリッチになった。

しかしこのCEOはコンピュータを発明したわけではない。誰かが発明したものに、少し工夫を加えただけである。

あるいは、農業における品種改良、肥料や灌漑設備、その他の農業技術の進歩は、工業技術よりはるかに古い歴史がある。長年月にわたる先人の努力工夫によって、われわれは美味しくて豊富な種類の農産物を、食べることができるのである。

実に、現在世の中に存在する豊かさのうち、現代の人間が作り上げた部分は思いのほか、わずかでしかない。要するに我々は、先人の遺産によって、豊かな生活、便利で安楽な生活を送ることができているのである。

決して現代人が、現在の豊かな社会を一代で全て築き上げたのではない。

以上のことが我々に示唆するものは何であろうか。すべての人間が先人の遺産を平等に受け取る権利があると言うことだ。ごく少数の人間が先人の遺産を独占する理由、根拠はどこにもない。

例えば、親が子に遺産を残した場合、子供が3人いれば、通常遺産は平等に3等分されるだろう。それが最も道理にかなっているからだ。1人の子供が遺産を一人占めにしたとすると、それは非難されてしかるべきだ。

したがって、少数の大金持ちと多数の貧乏人と言う社会構造は道理に合わないのである。


また、先人の遺産は、モノの生産に関わる分野に限定されるものではない。社会の制度、仕組み全般にまでわたるのである。

法律及び司法制度は、文明の歴史と同じ位長大な年月をかけて、試行錯誤を繰り返しながら、ようやく現在の形になった。もし優れた法律がなければ、社会はただ混乱するばかりで、富の蓄積などありえない。法律の条文の中には、過去の無数の人々の経験と英知が凝縮されているのである。

経済活動が円滑に行われるために金融制度が発達した。銀行、中央銀行が設けられ、大口の商取引あるいは遠隔地の取引であっても、人々は現金を持ち歩くことなく、安全にしかも迅速に決済を行うことができる。この制度はどれほど経済発展に貢献しただろう。その他の数々の有益な金融制度も、多数の人間が長年月をかけて作り上げたものである。

国家の政治形態、今日の議会制民主主義に至っては、革命や内戦などで多くの人々の血が流され、ようやく形作られたのである。


このように、生産制度のみならず、社会制度まで加えると、現在の社会の繁栄、豊かさ、富のうち実に99%は先人の無量無数の労力によって構築されたものといっても過言ではないだろう。

そうであるなら、現在ある社会の豊かさの99%は、先人の遺産として、現在の全人類が平等に相続しなければならない。

そして、残り1%の豊かさを、個人の能力あるいは貢献度の高さに応じて、比例配分的に分配すれば良いことになる。

結局、極端な格差が生まれる理由、根拠はどこにもない。

たとえ極めて重要なポストにあって、重い責任と高い能力を要求される地位にある者であっても、平均的所得の10倍以内で充分なのではないだろうか。

所得のみならず、資産についても同様で、現在スーパーリッチは、平均の何千倍、何万倍もの資産を保有しているが、これも道理に合わない。


以上のことから、極端な格差はなくさなければならない。

しかし、現実に格差があるのだから仕方が無いではないかと言うのであれば、累進課税の比率を高くし、財産税を課せば簡単に格差は解消できる。

しかし、そんな法律をどうやって通すのかと言うのであれば、多くの国々は民主国家であるので、多数の国民の合意があれば容易に実現できる。

得られる報酬に差がなくなれば、能力の高い人間はその能力を充分発揮しなくなるだろうから、社会の進歩は停滞すると言う考え方があるが、日本の高度経済成長期を思い出せば良い。

この時代の日本は、累進税率は非常に高く、高額所得者は収入の9割位を税金に取られたが、それでも日本はものすごい勢いで経済成長した。

さらに、北欧のノルウェー、デンマーク、スウェーデン、フィンランドなどの国は戦後数十年間も高福祉、高負担政策を続けてきたが、いずれの国も一人当たりGDPでは、OECD諸国中10位以内に入っている。ちなみに日本は 24位である。

これらのことをどう理解すれば良いのか? 

意外に人間と言うものは、金だけで力を出したり出さなかったりするものでは無いようだ。なおかつ、中所得者層が重厚であるほど、その国のGDPは高まるのである。

なお、MMT  理論は格差を解消する上で大きな働きをすると思われる。