日本の国内総生産(GDP)は、1955年から1997年の42年間で、約60倍に成長、発展しました。これは、ものすごいスピードで経済成長したことになります。

これに対して、世の中に出回るお金の量(マネーサプライ)は、同じ42年間で約132倍に増えています。こちらもまた、凄まじい勢いで増加したことになります。

さらに、雇用者の賃金は、約30倍に増えています。これも、ものすごい増え方です。

以上は、戦後の日本の経済成長の様相を、大雑把に描写したものです。

このような、凄まじい成長、発展の背景には明らかに科学、技術の長足の進歩があります。なおかつ、生産現場に携わる無数の名もない人々の、たゆまぬ工夫も付け加えなければなりません。


さて、生産と貨幣量と賃金と、この3つの重要な経済要素が揃って増えたことが、著しい経済成長を達成する上で、欠かせない要因であったと思われます。

生産量が増えても、貨幣量がそれに合わせて増えなければ、一国経済はデフレに陥り、成長できなかったでしょう。

また、賃金が上がらなければ、一国全体の総需要も増えないので、やはり経済成長は不可能だったでしょう。


さて、42年間でGDPが約60倍になるほどの、凄まじい勢いの経済成長は、1997年でピタリと止まり、世にも不思議なことに、この後、0成長経済が20数年間も続き、現在に至っています。

あたかも、これは一国経済が全く異質なものになってしまったのではないかと思われるほどの変わり様です。

このように変わってしまった原因は、一体何なのでしょうか? 

その原因を突き止めるのは、実に簡単であって、数ある経済指標、統計の中から、GDPと同じように1997年以降下がり続けている指標を、探し出せば良いのです。

そして、それこそは[雇用者の平均賃金]であって、見事に1997年以降今日に至るまで賃金は下がり続けているのです。

すなわち、日本全体の雇用者の賃金の合計額が、下がり続けているために、日本全体の総需要が低下しているのです。そのため生産者側が生産を縮小するしかないと言う、受給ギャップに陥ってしまっているのです。

では、一体なぜ賃金は下がり続けるのでしょうか?  それは、科学、技術が著しく進歩し、機械、コンピューター、ロボットなどが発達したことによって、それらに人間の仕事が奪われてしまい、人間の働く場が少なくなってしまったことによります。

働こうとする人間の数に対して、仕事の数が少ない、すなわち、労働力の供給に対して労働力への需要が少ないために、賃金が下がるのです。

なぜなら、モノの値段は必ず需要と供給のバランスによって決まるからです。人間の労働の値段、すなわち賃金も例外では無いのです。

これに対して、反論が起きるでしょう。そんなはずはない。そもそも、現在は人口減少と、少子高齢化によって労働者数が減っているではないか。現実に、コロナの前までは、さかんに人手不足と言われ、統計的にも有効求人倍率は常にプラスになっていたではないかと。

いえいえ、政府発表の統計は安易に信用してはなりません。統計などと言うものは、調査の仕方や、数値の選び方によって、発表者側に有利に変えることができます。

実際には、労働者数の減少以上に、機械、ロボットが急激に発達し、人間の仕事を奪っているのです。

その上、労働者派遣法と言う悪法が制定されたことにより、非正規労働者が著しく増加したことも、問題をわかりにくくしています。本当は正社員として働きたい人間でさえ、非正規労働者になるしかないのであり、それほど労働者が安く買い叩かれているのです。

いずれにしても、労働者の賃金が下がり続ける理由は、労働者の供給が需要より多いからです。


かつて、高度経済成長期から70年代、80年代の安定成長期にかけて、賃金は必ず毎年上昇しました。この時代は、現在とは反対に労働者の需要が供給より多かったからです。

そして、賃金の上昇は、はっきりと統計が示す通り1997年に終わったのです。その理由は、先ほども述べたように、科学、技術の進歩、発展によるものです。

機械、コンピューターの性能が良くなり過ぎ、おまけに非常に優れた産業ロボットまで、あらゆる場所に普及したことにより、人間の労働は価値を失い、余分になってしまったのです。


以上のことからわかる事は何でしょう? 

[ 科学、技術が進歩しすぎると社会は豊かになるのではなく、むしろ反対に貧しくなる ]と言う衝撃的な事実です。

賃金が下がることによって、一国全体の総需要が低下するからです。このことを日本は、20数年かけて実験証明したのであり、この現実に対して誰も反論することはできないでしょう。


主流派経済学者は、GDPが停滞しているのは、生産性が上がらないからだと主張し、中小零細企業を再編、統合する効率化計画を推進しようとしていますが、これはとても愚かなことです。生産性が上がらないのではなく、生産性が上がりすぎたからGDPが低迷しているのです。賃金の低下が総需要の低下となり、GDPの上昇に強力なブレーキをかけているのです。

実に、経済学者、エコノミストは大間違いを犯して、社会を混乱させる愚かな生き物です。

さて、ミクロ経済主体(企業や個人等)は、競争原理の中にあるので、企業は他社に勝つために経費節減をしなければならないのであり、そのために、できるだけ賃金を下げようとします。また労働者側は、他に仕事がなければ、賃金が安くても非正規であっても、甘んじて働かなければなりません。

これが、ミクロ経済世界の持つ宿命であり、一国経済はどんどん縮小していき、世の中はどんどん貧しくなっていくしかないのです。

ところが、経済はミクロだけではありません。マクロ経済主体(すなわち政府)と言うものが厳然と存在しているのです。この政府なるものは、利益を追求する主体ではないので、競争原理からは逸脱した、超絶とした存在なのです。

と言うよりは、この存在はミクロ経済世界が競争原理の海に溺れてて苦しんでいれば、それに手を差し伸べて救い出す役目があるのです。

何よりも、マクロ(政府)は救い出すことのできる「力」を持っているのです。それは、貨幣を発行する権限です。

貨幣を発行することによって、失われてしまった国民の賃金、所得を補うのです。科学、技術は絶えず進歩し、そして生産力はますます高まる一方なのだから、その生産力にふさわしい所得を国民全員に与えるのです。

具体的には、国債(貨幣)を発行して、公共事業を行い、手厚い社会保障を行い(年金などを増額し、家計の医療負担を減らす)、地方への交付金を増額し、不必要な税金である消費税を撤廃し、さらに家計に直接お金を送り込む定額給付金を充実させる。だいたい、このようなマクロ経済政策を実施すればよいのです。

以上述べてきた事は、MMT 理論の正しさを証明するものです。