前回のブログでは、少子高齢化による労働人口の減少だけを見て、年金制度(徴収額及び支給額)を決定するのは、大変な間違いであることを指摘した。なぜなら、生産と言うものは人間だけが行うのではなく、人間と機械、コンピューター、ロボットなどの生産設備の両方によって行われるのであり、これらの生産設備は、最近の20年、30年の間に著しく進歩発達し、労働人口の減少を補って余りあるほどの生産能力の向上があるからである。

この全体としての生産能力の向上を、年金制度に反映しなければ、不合理ではないか。


次に1997年以降の、賃金の長年にわたる低下について考える。

そもそも、モノの値段(価格)は需要と供給のバランスによって決まる。さんまが豊漁であれば値段は安くなり、不漁なら高くなる。豊漁であっても値段が高いままと言う事は絶対にない。

最近は、石油の値段がかなり高くなっているが、これはコロナ後の経済の活性化によって石油への需要が高まっているのに対し、産油国(OPEC)が原油の産出を意図的に制限していることが原因になっている。

すなわち、需要に対して供給が過少であるからだ。

ある企業の株が大量に買われると、株価は上がるが、売られると株価は下がる。これも需要と供給によって価格が決まる例である。


このようにして、モノの値段は必ず需要と供給のバランスによって決定されるが、労働力の値段(賃金)も例外ではない。

賃金が下がり続けているのは、労働力の供給に対して需要が少ないからだ。要するに現代は、労働力が余っているのである。

それはおかしいと言う反論が起きるだろう。今の日本は、人口減少と少子高齢化によって、労働人口は減る一方であるから、労働力が余ると言う事は無いはずだ。むしろ、最近は人手不足と言われているではないかと。

なるほど、労働人口が減少しているのは間違いない。しかし、そうだからといって労働力不足(人手不足)になると言う根拠は全然ない。なぜなら、生産は人間だけが行うのでは無いからだ。

あらゆる種類の仕事について言えるが、人間が何も使わずに、素手で仕事をしているわけではない。それどころか、非常に優れた生産設備(機械、コンピューター、ロボット、AIなど)を使って、1人の人間が何十人分もの仕事をこなしているのである。このことを忘れてはならない。

だから、労働人口が1割や2割減少しても、生産能力と言う点では衰えるどころか、労働人口の減少以上に生産設備の方が急速に進歩発達している。したがって、人間が機械、コンピューター、ロボットに仕事を奪われる状況が随所に起きているのである。


 1997年以降、賃金は下がり続けているが、この1997年当時、世の中では一体どのようなことが起きていたか、思い出さなければならない。

リストラ(人員削減)の嵐が吹き荒れたいたではないか。

大手電機メーカーから、自動車メーカー、銀行、スーパーに至るまで、希望退職者を何百人あるいは何千人募集すると言うニュースが毎日のように流れていたではないか。

希望退職者を募るのはまだ良い方で、本人が辞めざるを得ないような陰湿な方法を使うところも多かった。さらには、この当時からブラック企業なるものが横行するようになり、たくさん新入社員を入社させ、無茶苦茶な働かせ方をして、それに耐えられるものだけ少数残れば良いと言うほどである。

これらの事実は、いかに人間が余分になってきたかを証明するものである。

それまでの日本特有の、社員を大事に育て、定年まで雇用すると言う終身雇用制度はいっきょに崩れ去り、まるで別の国に変わってしまったようであった。

完全失業率は、それまで2%台で安定的に推移していたのに、1995年頃から急に高まり始め、2002年にはついに5.6%にまでなっている。この数字を見ても雇用状況の異常さがわかると言うものだ。


それでは、この時期、生産面においてどんな特有な変化が起きていただろうか?

それは、コンピューターの急速な発達と社会の各方面への普及であり、また世界中のコンピュータを通信によってつなぐ、IT革命が挙げられる。

この変化が、製造業からサービス業まで、あらゆる産業の生産様式をいっきょに効率化して、人間の労働を駆逐したのである。

だから、リストラの嵐が吹き荒れたのだ。人間の働く場が、機械、コンピューター、ロボットなどに奪われ、人間の労働が不要になったのだ。

すなわち、人間の労働の供給に対して、需要が少なくなったので、賃金が下がり続けるのである。他に賃金が下がる理由は無い。

さて、1990年代から2000年代にかけてリストラの嵐が吹き荒れたが、その後、完全失業率は再び2%台に戻り、雇用状況は改善されたように思えるが、しかし、それはとんでもない間違いと言うもので、別の恐ろしい雇用形態が出現したのである。

それこそは「労働者派遣法」によって生み出された非正規雇用である。非正規労働者は、2000年ごろから急速に増えていき、現在では労働者全体の4割を超えるまでになっている。

その賃金は正社員の約半分で、社会保険に加入してもらえない上、企業側の都合でいつ解雇されるかもわからない。実に不安定な身分で、これが文明社会、先進国の雇用形態かと疑いたくなるほどだ。

40歳代、50歳代の立派な壮年が、非正規で働くので、もちろん結婚は難しいし、子供を産むのはなお難しい。

これこそ、現代の少子化の元凶ではないか。国家を荒廃させ、衰亡させるオオモトではないか?


そもそも、よく考えなければならないのは、労働人口の減少だけを見て、現在は人手不足に違いないと思い込む事の浅はかさである。

現象とは、いろいろな要素が複雑に影響して、結果を生み出すものだ。労働人口の減少と言うただ1つの要素だけを取り上げて、結論を導くのはとても愚かなことだ。

さらに愚かな事は、人手不足を理由に、外国人労働者の受け入れを拡大しようとしていることである。今は人手不足ではなく、人間が余っているので賃金が下がるのだ。外国人労働者を入れれば、なお人間が余って、なおいっそう賃金は下がるではないか。


そもそも、賃金が上がることによって、消費が増える(国全体の需要が高まる)、そうすると、デフレが解消し長い不況から脱することができるのだ。

岸田政権は、賃金を上げた企業には、法人税率を下げると言う政策を取ることを決めたが、この程度で全体的に賃金が上がるものではないだろう。


ではどうすれば良いのか?

MMT が主張するように、国債を発行して大規模な財政出動をするのが一番早道だ。公共事業を行い、社会保障を手厚くして、地方への交付金を増やす。

それだけではない。さらに、国民一人ひとりへ給付金を支給するのだ。すなわち、できるだけお金をバラマクのが最も効果がある。バラマキはいけないと言うのは大マチガイだ。なぜなら、国民一人ひとりの賃金が下がることによって、本来得られるはずの所得を失っているのである。そうであるなら、その失われた国民一人ひとりの所得を回復させるのだ。

政府が国民にお金を送り込むことによって、失われた所得を補填するのである。

給付金を出しても、大半は貯蓄に回って消費に向かわないから、効果がないと言うが、それは給付金の額が少な過ぎるからだ。額が大きくなれば、一部は貯蓄するが、残りは必ず消費するのに決まっている。

要するに、消費に向かうまで給付金を支給するのである。10万円を何ヶ月にもわたって支給すればよい。間違いなく効果が出る。緩やかなインフレになるまで続けるのだ。

その財源はどうするのか?

現在、各銀行が日銀に持つ口座(日銀当座預金)に約 500兆円ほど積み上がっている。これはもちろん、日銀のお金ではなく、各銀行のお金だ。このお金は、民間が誰も借りてくれないので、こんなに溜まっている。民間が借りないのなら、政府が国債を発行して借りれば良い。そうすれば、各銀行は大喜びする。

何しろ、誰も借りてくれなくて困っているのだから(銀行は経営が苦しくて支店を閉鎖しているくらいだ)。500兆円ものお金を遊ばせておくのはもったいないではないか。

お金は使ってこそ価値が出る。


とても当たり前なことを言うが、日本はものすごく生産能力が高まったのであるが、逆に人々が得られるお金が少なすぎてデフレになり、不況から抜け出せないのである。

科学、技術が進歩することによって生産能力が高まったのだ。しかし、そのために社会が貧しくなるのでは何にもならない。

本来、科学、技術は社会を豊かにするために進歩したはずだ。ところが、現在はまるで逆になっている。

科学、技術の進歩を豊かさにつなげるために、人間は智慧を出さなければならない。