岸田政権は、企業に対して賃金を上げるように要請し始めた(法人税減税と引き換えに)。どうやら、日本経済を回復させるためには、賃金が上がることが必須であることに、ようやく気がついたようで、それは正しい判断である。

正しい判断ではあるが、なぜ賃金が25年間も下がり続けているのか、その理由、原因がわかっていない。

実に情けないことに、政治家も官僚も経済学者も評論家も、誰一人としてなぜ賃金が下がり続けるのか、明快に説明できる人間はいない。だから法人税率引き下げなどと言う、的外れの案しか浮かばない。これでは、到底賃上げが成功する見込みは無い。


そもそも、「すべてモノの値段は需要と供給のバランスによって決定される」と言うのは経済学の基本中の基本ではないか。

需要に対して供給が多ければ、そのモノの値段は下がり、需要に対して供給が少なければ、値段は上がる。これほど明らかな理屈は無い。

同様に、労働の値段(賃金)も需要と供給によって決まる。したがって、賃金が下がり続けているのは、労働の供給に対して需要が少ないからだ。すなわち労働力が余っていると言うことだ。


ところが、不思議なことに、世間ではその反対に、今は「労働力不足」「人手不足」と盛んに言う。

おそらくその考え方のもとになっているのは、少子高齢化による労働人口の減少にあるようだ。労働人口、すなわち若い世代が減ってきているのは確かに間違いない。

しかし、労働人口の減少だけを取り上げて、人手不足と考えるのは大マチガイだ。なぜなら、人間は素手で仕事をするわけでは無いからだ。

製造業にしても、サービス業にしても非常に高度な機械やコンピュータ、ロボットなどの設備を使って仕事をしている。

しかも、その機械、コンピューターは絶えず進歩し発達するので、その生産能力は日進月歩で向上していく。

その結果、機械、コンピューター、ロボットが人間の仕事を徐々に奪っていくことになるのだ。


その顕著な例をいくつか挙げてみよう。

1990年代に、光熱費などの月々の支払いが、銀行口座からの自動引き落としに変わったことを覚えているだろうか? 

それまでは、電気代、ガス代、水道代、電話代、NHKの受信料などは、集金係と言う職業の人間がいて、各家庭などを個別に訪問し、代金を徴収していたのである。

若い世代の人は知らないだろうが、年配の人は覚えているだろう。よく、黒い集金カバンを小脇に抱えた集金係が、家々を訪ねてお金を集めていたものだ。

1人の集金係が1日に、何軒ぐらい回ることができただろうか?  おそらく百軒も回る事はとても無理だったろう。せいぜい30、40軒ぐらいだっただろう。

このような集金係が全国にどのくらいいたのだろうか、数十万人はいただろう。

この人たちは、自動引き落としになったことで、ほぼ全員が失業したのである。銀行の自動引き落としが可能になったのは、コンピューターの能力が格段に高くなり、容量が増大したからだろう。

同じ時期に、銀行の業務(預け入、引き出し、振込みなど)はATMを使って客が行うようになったが、それ以前は、カウンターにたくさんの窓口があって、そこで銀行員が行っていたのである。

この頃から、銀行は着々とリストラ(人員削減)を実行し始めたようだ。


これより少し前の時代、1980年代には、鉄道の業務がかなり様変わりをした。

切符を自動券売機で売るようになったことだ。それまでは人間の駅員が切符を売っていたのだ。大きな駅になると、切符を売る駅員は10人以上もいたようだ。

さらに、改札も駅員が行っていたが、これも自動改札機に代わった。

券売機や改札機の自動化は、マイクロチップ程度のもので可能になったようだ。


このように、20年前、30年前の世の中の変化の様子を思い起こす事は、とても大事なことだ。科学、技術が進歩し、マイクロチップやコンピューターが開発され、それが産業界に取り入れられると、非常に便利になるのであるが、しかし一方において、多数の人間の労働は不要になると言うことだ。

そして、それは人間の労働の価値が低下することにつながる。すなわち賃金の低下圧力が強まると言うことだ。


製造業においては、ほとんどの機械はコンピューターによる自動制御に変わり、人間が操作する必要がなくなった。

総務省の「労働力調査」によると、製造業就業者数は、1992年に約1500万人であったのが、2012年には、約1000万人に減少している。 実に3分の2になっているのだが、これは著しい減り方ではないか。

これらは、機械、コンピューター、ロボットが進化した結果である。

機械、コンピューターが人間の代わりに働いてくれるおかげで、人間は豊かで安楽な生活を送れるようになったのではない。現実はまさにその真反対で、人間の労働は、無残なほど買いたたかれ、人々は貧しくなる一方なのだ。

その代表は、非正規労働者たちだ。

彼らは給与が正社員の半分程度で、社会保険にも加入してもらえない。したがって将来年金を受け取ることができない。その上、企業側の都合で、いつでも簡単に解雇される。このような非正規労働者が、労働者全体の4割にも達しているのである。

これはおかしいのではないか?  なぜ機械、コンピューターの発達、そして、科学、技術の進歩が、人間社会の豊かさに結びつかないのか?  なぜ我々は逆に貧しくなっていくのか? 

実は、科学、技術がある一定レベル以上に達した時、必ず起きる現象にわれわれは直面しているのである。


もう少し未来のことを考えてみよう。

近いうちに、車は自動運転になり、運転手は皆失業するだろう。

スーパーのレジは完全自動化され、レジ係も全員失業する。

学校の先生は、人間よりAIの方がはるかに適任だろう。通訳もAIがやってくれる。

アメリカの電気自動車会社テスラは、数年のうちに人型ロボットを開発し、販売する予定だと言う。このようなロボットはおそらくたくさんの仕事をこなすようになるだろう。

さらに、現在のコンピューターは電子によって稼動するが、これも近いうちに量子コンピューターが開発される見込みだと言う。そうすると、電子コンピューターの何万倍も計算が速くなると言うことだ。

おそらく、10年以内に人間の仕事はなくなり、全員失業することになる。そうすると、全員給料がもらえなくなるから、国全体の消費はゼロになる。

そうなれば、企業(生産者)は何も買ってもらえないので、すべて倒産する。そして、日本国は壊滅する。

現在の我々は、この恐ろしい近未来予想図への途上にあるのだ。


では、これを回避するにはどうすれば良いのか? 

機械、コンピューター、ロボット、AIではできない、人間にしかできない仕事を増やすしかない。製造業はもはや人間の入り込む余地は無いので、サービス業、それも人間の手によってしかできないサービス業を増やすのだ。飲食業、観光業(旅館、ホテル)、レジャー産業、介護、マッサージ、あるいは人々を楽しませる職業(演芸など)だ。

そして、これらのサービス業が盛況になり、繁盛するためには、人々がこれらのサービスを受けることができる十分なお金を持っていなければならない。そのお金は一体どうするのか? 

これはものすごく簡単なことで、政府なら、お金を生み出して国民に配ることができる。国民に十分なお金を持ってもらって、たくさんのサービスを受ければ良いのだ。

そうすると、サービス業は大繁盛するので、飲食業、旅館、ホテル、介護職などは人手不足になり、これらの業種は人員を集めるためにどうしても賃金を上げざるをえなくなる。

人手不足状態(人間の労働の供給より需要が高い状態)を作れば、人を雇う側は賃金を上げざるを得ないからだ。

これこそが賃金を上げるための最も良い方法なのである。それに引き換え岸田政権のように、法人税を減税するから賃金を上げてくださいとお願いするのは、知恵がなさすぎる。

要するに、MMT が主張するように、政府は国債を発行して、相当額の財政出動を行うべきなのである。国民にお金を配り、かつ公共事業や社会保障等にお金を注ぎ込み、消費税等は撤廃して、とにかく国民にお金を潤沢に持ってもらうのだ。

そして、しっかり消費をしてもらう。特にサービス業に対してお金を使ってもらうことが肝心だ。

そんなにお金を配ると、ハイパーインフレになると言う人間がいるが、それは大マチガイだ。

機械、コンピューター、ロボットが人間の代わりに働いてくれるが、これらには給料が支払われない。人間の何倍も何十倍も働くが、給料を貰わないので当然お金を使わない。そして、税金も払わないし、社会保険料も払わない。

なぜ、日本国の財政が非常にいびつになってしまったのかお分かりでしょう。その上、長年頑固なデフレから抜け出せない理由もわかったでしょう。

ものすごく働くのに、お金を使わなければ税金も払わない者(機械、コンピューター、ロボット)がたくさんいるからですよ。

仕方がないので、これらの代わりに人間がお金を受け取って使えばいいのです。これでようやく供給と需要のバランスがうまく取れるようになるのです。

逆立ちしてもハイパーインフレにはなりません。