一国の生産力、生産性が高まれば、その国は豊かになると、普通は考えるだろう。
確かに、日本においては、1,980年代までは、生産力が高まるのと、比例するように人々の生活は豊かになった。家の中は、年々、電気製品や、家具が増えていった。自動車を持つのが当たり前のようになった。そして、何より給料は年々上がっていった。1,980年代は、1億総中流と言われた時代であった。
これから先も、永久に豊かになり続けるだろうと人々は予想していた。
ところが、現実はそうではなかった。1,990年代に、その予想を覆すような不調が訪れた。
企業は、倒産したり、あるいは、人員整理を行うようになった。失業者がうなぎ登りに増えていき、そして、毎年上がっていた給料が上がらなくなり、やがて賃金カットが始まった。
失業者は、とにかく職に着きたいので、非正規雇用でも甘んじて働くしかない、と言う状況に追い込まれた。非正規雇用の増え方は異常なほどだ。
40歳代、50歳代の壮年男子が、非正規で社会保障もなしに、最低賃金で働くしかないのだ。これでは、日本全体が、社会不安に陥って当然だろう。

このような労働状況を眺めて、確実に言えることがある。それは、人間の労働が余っていると言うことだ。余っているから、安く買いたたかれるのだ。
もし、今、世間で言われているように、人手不足であるなら、労働がこんなに安く買いたたかれるはずはない。企業は、競って人を雇い入れようとするだろう。競って雇い入れるためには、他社よりも、より高い賃金を出そうとするだろう。
あるいは、より良い労働条件を提示するだろう。すなわち、非正規ではなく正規社員として雇い始めるだろう。しかし、そのような兆候は、全く現れていない。
現れないのは、労働力は実質、余っているからだ。

そして、1,990年代以降、人間の労働が余るようになった理由は、一国全体の生産力が高まったからだ。機械、ロボット、コンピューターの性能が急激に良くなり、人間の代わりに労働をするようになったからだ。
特に、1,990年代のコンピューターの普及ぶりは、目を見張るものがある。それまでは、生産現場の一部で使われていたコンピューターは、低価格化して、なおかつ性能が良くなり、あらゆる場所に使用されるようになり、その上、インターネットなるものも普及した。
これでは、人間の労働が余らないはずはない。
人間の労働が余れば、需要と供給の原理により、労働の価格、すなわち、賃金は必ず低下する。そして、現実においても、1997年をピークに、日本全体の賃金の合計額は、下がり続けている。もしくは横ばいだ。

一方、戦後の高度成長期から、1997年までは、賃金は年々上がり続けた。その理由は、一国の経済が発展、拡張する中にあって、常に人間の労働が不足していたからだ。
この時代、家電メーカーや、自動車メーカーは、巨大な工場を建て、多数の従業員を雇いいれた。それらの下請け工場も、無数にできて、多数の従業員を雇いいれた。人間の労働が不足しないわけがない。
人員を獲得するために、各企業は競い合うことになる。当然、より高い賃金を提示して、人を集めようとする。あるいは、より良い労働条件、例えば、寮、社宅を完備し、その上手厚い社会保障を備えるということになる。
労働者は、賃金が年々上がるので、活発な消費を行う。その上、社会保険などの保証も手厚いので、将来不安がない。ますます、消費が活発になる。
大体、以上が、1997年までの日本の右肩あがりの経済状況であった。もちろん、GDPも右肩上がりであった。

ところで、GDP (国内総生産)の内訳は、[労働者の賃金の合計額] +[企業と自営業者の利益] +[財政出動]となる。(海外との取引は省く)
この内 [労働者の賃金の合計額]は、GDP全体の約5割を占める。要するに、賃金が上がれば、確実にGDPを押し上げることになる。反対に、賃金が下がれば、GDPを確実に下げるだろう。

まとめに入ることにしよう。
1997年までは、生産力が高まりながら、労働者の賃金も上がったので、GDPは上がり続けた。97年以降は、やはり生産力が高まっているが、賃金が下がるので、GDPも下がり続けていると言うことだ。
「97年よりも前」も、「以降」も、生産力が高まっている、と言う点では同じである。
なぜ、97年以降も生産力が高まっていると言えるのか? それは、まさに、労働が余ると言う現象が証明している。生産力が高まりすぎて、労働が余っているのだから。
97年までは、生産力がぐんぐん高まっていったが、まだまだ、人間の労働が必要であったので、賃金は上がった。しかし、97年には、ついにその限界点を超えてしまって、労働が余り始めたので、賃金は下がり始めた。
ここで、気をつけなければならない事は、
「前」も「以降」も、生産力が高まり続けていることに、変わりはないと言うことだ。GDPが下がっているから、生産力も低下していると考えてはならない。なぜなら、GDPと生産力とは、直接的関係は無いからだ。GDPと賃金との間に、強い関係性があるのだ。
多くの経済学者、政治家、マスコミ、あるいは新自由主義者は、GDPが低下しているのは、生産性が低下しているからだ、もっと競争原理を働かせて、生産性を高めるべきだと主張しているが、これは、大間違いである。

さて、生産性は高まり続けているのだから、何らかの方法を用いて、需要を作り出して、GDPを高めなければならない。需要を作り出しても、生産力は高まり続けている(供給が高まっている)のであるから、インフレなどの問題は起きない。
ではどのようにして、需要を高めるのか?それは、マクロ経済政策を行う能力を持つ政府が、財政出動をするか、もっと直接的には、国民に失われた賃金を補填するなどの方法がある。
つづく-