前回のブログで「競争しすぎると、世の中は貧しくなる」と書いた。これは、少しおおざっぱな表現であるので、経済指標を用いて、もっと具体的に説明してみよう。

日本の労働者の賃金の総額(雇用者報酬)は、1997年に最高額になったが、それ以後は、現在まで下がり続けている(もしくは横ばいの時もある)[内閣府、国民経済計算]。
すなわち、20年間も人々の賃金は、下がり続けているのである。そして、その原因を、誰もつきとめることができない。

ところで、1997年までは、賃金は毎年上昇していた。戦後まもなくから、1997年まで、賃金は毎年上がるのは当たり前のことであった。
それが、1997年を境に、なぜ一転して下がるようになったのか。それを、解くカギは、失業率の変化を見ることにある。
失業率は、1990年までは2 %台であったが、その後、徐々に上昇し始めて、2002年に5 %台まで跳ね上がってしまった[総務省、労働力調査]。戦後の日本において、失業率は、常に2%から3%程度であったのであり、5%を超える事は1度もなかった。なぜ、急に失業率が高まったのか?

その理由は、労働力が余り始めたことにある。なぜ労働力が余り始めたのか?
生産設備(機械)などの性能が良くなり、生産現場において、ほとんどの生産を、機械が行うようになり、人間の労働の必要性がなくなってきたのだ。
機械自体の性能も高まったが、多くの機械に、コンピューターが取り付けられ、人間が操作しなくても、機械が自動的に生産するようになった。その上、産業ロボットも、かなり普及してきた。

そこで、製造業の就業者数の変遷を見てみよう。戦後、一貫して増えてきた、製造業就業者数は、1992年1570万人となり、ピークをつけたが、それ以後、減少の一途をたどり、2012年には、ついに1000万人となっている。すなわち、500万人以上減少し、ピーク時の3分の2になってしまったのだ。
これほど急激に減った理由は、他には考えられない。要するに、機械、コンピューター、ロボットが発達して、人間の代わりにものを生産するようになったと言うことだ。
言い換えると、人間の労働が、機械、コンピューター、ロボットに奪われてしまったと言うことだ。

ところで、物の値段は、需要と供給によって決まる。ある商品の販売数が少ないのに、それを買いたがる人間の数が多いと、その商品の値段は高くなる。この場合は、供給が少なくて需要が多いので、当然、値段は高くなる。
反対に、供給が多くて、需要が少ないと、その商品の値段は下がる。需要と供給のバランスは、物の値段を決定する、非常に大きな要因である。

さて、人間の労働の値段(言い換えると賃金)も、この需要と供給によって決定される。人間の労働が余るような、社会状況になれば、当然、人間の労働の値段(賃金)も下がるしかない。
最近の20年間、続いている賃金の低下は、まさに、この人間の労働の余剰によって説明することができる。労働の需要に対して、供給の方が多いのであるから、賃金は低下するしかないのである。
このことを証明するものは、製造業の就業者数が、3分の2に減ってしまったことを示す経済指標だ。物の生産は、かつての労働者数の3分の2で、十分行えるようになったのである。

それでは、製造業から追い出された人々は、どうなったのか?
おそらく、大半はサービス業に移行しただろう。しかし、サービス業も製造業に劣らず、機械化、コンピューター化は進んでいる。
例えば、銀行では、ほとんどの業務は、ATMがこなしている。銀行員などは昔と比べると、よほど少なくなったようだ。
これでは、人間の労働は余るしかない。

しかし、次のような反論があるだろう。「現在は、人間が余ると言うより、むしろ人手不足なのであり、実際に失業率を見ると、2%台まで下がっているではないか」と。
いやいや、ここにはからくりがある。
人件費が安いので、企業側は、大金をはたいて、設備投資をするのではなく、人間の労働を安易に使っているだけだ。その証拠に、非正規労働者が、全体の労働者数の3分の1を超えてきているではないか。
非正規労働者は、安い時間給で、しかも社会保険に加入させず、その上いつでも解雇を告げることができるのだ。企業にとって、こんな手ごろな労働力はないだろう。
もし本当に、人手不足、労働力が足らないのであれば、需要と供給の原理から、必ず賃金は上昇するだろう。そして、非正規労働者はどんどん減っていくはずだ。

さて、人間の労働が余って、賃金が低下すると言う事は、日本全体の需要が低下するということだ。なぜなら、日本全体の賃金の合計額が、日本全体の需要を決定するからだ。そして、日本経済の好況、不況を決定するのだ。

ここで、われわれは、あることに気づくだろう。それは、機械やコンピュータが進歩発展して、生産力が高まったから、いたって人間の労働があまり、賃金が低下して、経済が不況になっていると言うことに。ここには、ある種のパラドックスが生じている。
科学、技術が進歩し、生産力が高まることが、人々の豊かさに結びつくのではなく、逆に、生産力が高まることが、人々を貧しくしてしまっているのだ。
新自由主義は、ただ、生産力を高めることばかり考えているが、それは大きな間違いだ。   つづく-