第4話の続きです。
正午を過ぎて、さらに暑さが増し、この記事を書きながら確認した気象庁データでは35.2度の猛暑日を記録していました。しかも、津別町市街地までは5m/sほどの向かい風が吹いていて、なかなか前に進みません。
14:29、依然、30度超えの暑さと向かい風と戦いながら、PCじゃないセブンイレブン津別共和店に緊急ピットインです。
この旅何度目かの水と氷を購入。この店は、ここで買ったもののゴミは引き取ってくださるとのことでしたので、遠慮なくペットボトルの水と氷を買い、ボトルに詰めつつ、水を頭や手足にかけて体を冷やします。店員さんにゴミの始末をお願いして、14:41、停車時間12分で出発(グロス15km/h計算の想定クローズ14:43)。
その後も暑さと向かい風の中、ペースが上がらないまま鹿の子峠への上り基調の旅が続きます。山間に入ると木陰で涼むことができて助かったりしたのですけれど、依然、路面状態がよろしくなく、穴凹にハマったりしないように気を遣いながらヘコヘコとペダルを回します。
本格的に峠の上り道に差し掛かると、待ち構えていましたとばかりにアブの襲撃を受け、疲労も相まってペースがさっぱり上がりません。それでも、走ってさえいればいつかは頂上にたどり着くもので、16:31、3日目47.6km、累計829.3km、鹿の子峠の頂上で陸別町に突入。
土地勘のまったくない道に、あまり変わり映えしない景色も相まって、しばらく写真がありません。陸別町市街地のセイコーマートに立ち寄る予定で、店の前で自転車を停め、先着されていた参加者さんと言葉をかわしました。たしか、この店は、店で買ったもののゴミは引き取ってくれるはずだったのですけれど、参加者さんいわく、ゴミ箱はないし、ゴミを引き取ってもくれない、とのこと。別の店と勘違いしたのかと走り出したのですけれど、それらしい店は見当たらず、どんどん市街地から遠ざかっていくものですから、停まってグーグルマップを確認などしたところ、さっきの店が停車予定の店だったことに気がつきます。今更引き返す気にもなれず、近くの自動販売機で飲み物を買い、携行補給食を食べ、清水町の仮眠所を目指します。写真に写っているのは、徒歩の旅人です。

鹿の子峠から本別町市街地までは下り基調だったのですけれど、知らない道なのと、向かい風なのと、疲労とで、どうにもやる気が出ない区間でした。景色を楽しむ余裕がなくなっていき、写真を撮らないまま日没を迎え、前照灯を点けて力なくペダルを回します。本別町といえば、2019年の旭川400のPCがセイコーマート本別店でしたので、間違ってそちらに停まろうとしたりして、20:13、3日目109.9km、891.6km、PC10ローソン本別南四丁目店に到着。
夜なのに気温が28度近くありましたので、アイスや冷凍ペットボトル飲料などを購入したものの、かなり気力が削がれていて、DNFの3文字が脳裏をよぎっていました。そこへあとから参加者さんが到着し「今日は清水町のPCまで行くんですか?」と尋ねられました。頭で考えるよりも先に口が「ハイ」と答えていました。自分で答えておいて「あぁ、私はまだ旅を続けるんだ」と少しだけ我に返りました。20:41、停車時間28分で出発(グロス15km/h計算の想定クローズ20:31)。ここで借金生活に突入。
このあと、士幌町市街地までの上り基調の道で幻覚と幻聴に襲われます。いるはずのない、聞いたことのある職場の同僚の声がはっきりと聞こえ、小さな前照灯が照らす暗い路面には一面に仕事の書類のようなものがスクロールしていくのがはっきりと見えました。思わず足をつき、声なき声に話しかけている自分がいました。返事があるはずはなく、あるのは満天の星が輝く夜空と視界の果てまで続く上り坂だけです。幻覚と幻聴だと頭ではわかっていても反応することに抗えない精神状態でした。肉体的な限界よりも、寝不足による精神的な限界が先にくるとは思ってもみませんでしたし、いろいろと無茶をしたつけが来たような気がしました。スタート前日にきちんと睡眠を取らずに列車移動したこと、別海町でもまとまった睡眠を取らずに無理をして北見まで走ったことの2つが原因なのは明らかです。この状態で走り続けるのは危険だという判断力は残っていましたので、幅員2メートルほどある広い歩道に自転車を倒し、昼間の猛暑の熱が残るアスファルトに30分ほど横になりました。時折行き来するクルマの音を聞きながら、少しだけスッキリした頭で、疲れ切った体を引きずるように真っ暗な道路へ漕ぎ出しました。その後、人気のない士幌町市街地を過ぎ、たかだか平均勾配1%ほどの瓜幕の道をまるで激坂のように感じながら力なく進み、道の駅うりまくの明かりに吸い込まれるように室内のベンチに腰を下ろしました。気力も体力も底を打ち、気持ちはDNFに向かっていたのですけれど、帯広駅まで自走する力も残ってはいませんでした。そこへち~の。@Paris Brest Paris G129さんがやってきました。どんな言葉をどう交わしたのか思い出すことはできないのですけれど、いつの間にか夜明けを迎えた道路へ2人で漕ぎ出していました。

先行するち~の。@Paris Brest Paris G129さんに引っ張られるように、とりあえず清水町のPCへ向かってペダルを回します。道の駅でどれくらいの時間を過ごしたのかもわかりませんけれど、少しだけ脚に力が戻ってきたのはち~の。@Paris Brest Paris G129さんがいたからこそだと思います。その後、十勝川の河岸段丘を二度三度と上り下りするうちにち~の。@Paris Brest Paris G129さんの姿は見えなくなり
5:40、3日目195.0km、累計976.7km、ようやくPC11清水町農業研修会館に到着。よろよろと入館し、先着していた数名の参加者さんが寝息を立てる宿泊室に倒れ込むように気絶しました。疲労困憊で眠りながらも暑苦しさを感じていた9:25ごろ、施設管理員さんの「利用は9:00まででお願いします」という心優しいモーニングコールに我に返り、参加者さんのいなくなった宿泊室をあとにし、強い日差しが照りつける屋外へ向かって、ノロノロと玄関を出ました。時間内完走はおろか、時間外完走さえも諦めなければならない心身の状態を自覚しながら、DNFの報告をして私の旅は終わりました。
10:22、JR十勝清水駅で輪行の準備をし、札幌駅へ汽車移動。列車を乗り換えてその日のうちに帰宅することができました。
今回の反省
・睡眠の重要性を思い知りました。初日を含むそれぞれの日のスタート前には、十分ではなくてもそれなりの睡眠時間を確保することが完走への大きな助けになるようです。600kmなら睡眠不足を感じていても1日頑張ればゴールできますけれど、4日間にわたって走り続ける1200kmの旅のつらさを実感できたのはいい経験になりました。
・翌日以降に心身的な負債を残さないように旅を続けるためには、1日の走行距離は300kmほどが限度だとわかりました。そのつもりで行程を考えていたのですけれど、なんとかして復路の別海町でまとまった質の高い睡眠を確保していれば、もう少し善戦できたような気がします。
・ドロップバッグの運用を含め、持ち物は厳選して減らすべきでした。着替えやタオルなどは1回分だけ持って、それらを使い回せば旅を続けられますし、現地調達と廃棄を併用すれば、お金はかかりますけれど、荷物を減らすことができることがわかりました。荷物が減ることは、持ち物が軽くなることはもちろん、物を管理するための脳のリソースと時間の節約になることによる効果が大きいです。
・できる限り走りながら補給をするスタイルは、間違いではなかったと思います。せっかくの長旅ですので、グルメや景勝地などを楽しむ余裕がほしいところですけれど、私の脚にそれを求めるのは無理というものですし、一番のお土産は完走認定の思い出ですので、多少速度が遅くても走り続ける時間を確保することは重要だと感じました。睡眠時間の確保との両立が悩みどころですけれど。
・いいことなのか悪いことなのかわかりませんけれど、RMの完走認定を逃したことに対する後悔や喪失感などネガティブな感情は一切なく、貴重な経験を得られたことやいろいろ無理をして出走したことなどに対するいい思い出に浸りつつ、次にいつ開催されるかわからない北海道のRMへのリベンジを誓っているところです。
おわり
今回の走行距離 978.2km
アベレージ(ネット値) 15.2km/h
アベレージ(グロス値) 12.9km/h
今シーズンの累計走行距離 2,786km








