人生の転機
久々の書き込みです。休み中はすみませんでした。中々更新する気になれませんでした。
実は、お休みしていた春から夏にかけて、ガンが発覚し、入院しておりました。
ごく小さいものですが、転移もしており、ステージ4ということでした。
幸い手術で切除はできたのですが、腸のガンということもあり、ストーマ(人工肛門)を一旦
取り付けて、再び元に戻すために、2回の手術となりました。
おかげで、私の中では、夏のセミが鳴く季節が欠け落ちています。
手術後は、傷口が腫れてウミが出、ベッドからの立ち上がりもままならぬほど。痛かったぁ。
今も、外来の化学療法(点滴と投薬)にて、抗ガン治療中。頭はハゲないけど、指先や舌が
痺れて、気持ち悪いです。冬になって、洗い物をしたり、冷たい飲み物を飲むと、ビリビリ
痺れます。
また、ずっと下痢気味です。
仕 事には、何とか支障はないのですが、初めてのお客様で、力のいる介助が必要な人は、
受けられない場合もあります。
来春まで化学療法が続きます...。
買ってみた
ちょっとしたお金が入ったので、以前から欲しかったものを、アマゾンで購入しました。
大小色々買ったのですが、主なものは、
ポータブル・ナビ
玄関インター・ホン
カットシート・プリンター
です。
今、仕事で使っているナビは、車専用のナビなのですが、タッチパネルのセンサーがずれて
きて、画面左端のボタンがタッチできなくなってしまい、すごく不自由です。加えて2004年
頃の地図データーのままなので、結構、田んぼの中を走ったり、今は無い建物が出現
します。
この際、中古のナビですが、そこそこ良いものに代えようと思った次第です。ちょっと取付け
スペースに工夫が要るので、まだ取付けていませんが。
玄関インター・ホンは、必要にかられてと言ったところでしょうか。今まで古いカメラ無しの
インター・ホンだったのですが、うちは勧誘の人がしょっちゅう来て、鳴らされるのです。
特に宗教関連の人がシツコイ。
勧誘お断りの掲示をしてあるのですが、無視して鳴らします。誤って応対してしまうと、
こっちの言うことは聞かずに、延々と演説しまくります。
なので、カメラ付き録画機能付きのホンに代えました。昨日工事しましたが、小1時間で
取り替えできました。こちらも中古のものですが、パナソの携帯子機付きの中々のもの
です。これで、訪問者を確認しての応対ができ、苦々しい思いをしなくてよさそうです。
カットシート・プリンターについては、また後日使い勝手を披露したいと思います。では。
TDA 東亜国内航空 DC9-41 JA8442
TDA 東亜国内航空 DC9-41 JA8442 です。
1980年9月2日、伊丹空港滑走路32R端での撮影です。DC9は32Rより離陸するため、
管制のクリアランス待ちです。
この機体は、1978年4月28日、TDAで新規就航、1988年4月1日、JAS 日本エア
システム発足に伴い転籍後、レインボー・カラーに塗り替えられました。
1994年9月に三井グループに売却され、リースを受け運航を続けました。
その後、1996年10月23日、米エアボーン・エクスプレスに売却され、貨物仕様に改修
(-41F)、N960AX で登録されて、最後までこの番号が継続されました。
2003年8月、ABXエアに売却、さらに2010年5月に DHLが買い取り、オハイオ州ウイル
ミントン・エアパーク(空港)にて保存されましたが、既に廃棄となっています。
B737と言い、このDC9と言い、32Rから離陸するジェット機がフル・パワーに入れると、
周囲の金網がビビリ音を発し、お腹の芯に響くド迫力の轟音でした。
旧日本航空 鶴丸 DC8-61 JA8067
旧日本航空 鶴丸 DC8-61 JA8067 です。
1990年4月10日、伊丹空港 滑走路32L端での撮影です。
この機体は1968年5月21日、N8767 で登録され、米イースタン航空で新規就航しま
した。
1971年4月5日より、N8767のままJALにリースされ、1975年10月に JA8067 で
再登録されていますので、JALが買い取ったと推測されます。
1981年6月、Aeronaves del Pere (ペルー)に売却、OB-R-1222 で登録され、同年
10月に貨物仕様に改修(-61F)されています。
さらに1990年8月、トランス・ラテン・エア(TLA:パナマ)に移り、HP-1169TLN に登録
変更されましたが、ここでの飛行期間が短いので、レンタル等であると思われます。
同年10月、再び Aeronaves del Pere に戻り、OB-1222 で登録されました。
1995年以降、登録抹消され、コロンビアのエルネスト・コルティソス空港にて、保管状態に
あるそうです。
イライラの雨降り日
昨日、大阪は一日中雨でした。そんな日に午前中を中心に、シャカリキのお客様輸送と
なりました。
9時15分を皮切りに、普段20分ほどで完了する行き先へ。往復のある方です。
その後、ほぼ同じ地区の別のお客様のお迎えに、取って帰ります。約束時間は10時です。
帰りはお客様をお乗せしていないので、(他車と同じくらい(-^□^-) )早く走れます。
天気さえ良ければ、大丈夫なインターバルなのですが、雨降りは車が渋滞します。おまけ
に、雨降りの時しか運転しないような車がノロノロ運転します。
初っ端から5分遅刻。2番目のお客様は、高槻市を出て、隣の島本町まで。お帰りもある
往復の輸送になります。
相変わらず、小さな交差点でも、渋滞列は伸びています。3番目のお客様も本来10時の
お迎え希望だったのですが、重なっていたため、無理を言って10時50分にずらして
頂いた方です。ただ、片道だけで、お帰りはありません。
雨の中、交差点赤信号の遥か手前から、惰性でノロノロ速度を落とした車が、後方に金魚
のフンを従えて、平安時代の牛車のような速度で流します。
ノロノロ運転と言えば、ハイブリッド車の専売特許です。特にプ○ウスが性質が悪い...。
自分の世界の中でゆっくり走り、赤信号に変りそうな時、気が変わったように加速して通り
抜けて行きます。こっちは急加速できないんだよぅ。
島本の目的地までは、25分くらいかかりますので、ただでさえギリギリだったのですが、
結局、7分ほどの遅れで済みました。が、その方が終了した直後、2番目にお運びした
島本町からのお客様の、"帰るコール"が。
30分程度お待ち頂き、お乗せした直後、1番目のお客様の"帰るコール"。その方のお迎え
まで、感覚的に4~50分かかりそうです。取りあえずお詫びして、近くまで来たら、こちら
からまたお電話します、とご了承頂きました。ならば喫茶店でユックリしてますとのこと。
結局、走りずめのまま、車庫まで戻って来たのは14時近くでした。途中でナビが、
「運転が2時間を越えましたので、そろそろ休憩しませんか?」
だって。できればしたいよね。軽い疲労とイライラの雨降り日でした...。
これを書いている時、初ウグイスが鳴きました。きれいな声でホーホケキョ。春がやって来ているんですね。



