数年前、指導させて頂いていた印刷工場さんが有りました。
そこに、めっちゃデカい(背が高い)新人さんがおりまして。異業種から初めて、
印刷業界に入り、まだ入社後数ヶ月と言う時でした。デカい身体で工場内を
元気に走り回り、いつも明るくて、とても爽やかな「元気君」だったんですよ。
数年後、再びその工場さんを訪れると・・・。居ました、居ました、私の大好きな
デカい身体の元気君。いや~、久し振りだねぇ、相変わらず元気でやってる?
「・・・。」 なぜなのか、元気君がメッチャ沈んでしまっています。どうかしたの?
「オレ、印刷の仕事が合わないようなので、会社を辞めようかと思ってます。」
ん?あんなに楽しそうに仕事してたのに、何がどう変わってしまったのかな?
「実は先月から、機長に成らせてもらったんです。そしたらミスだらけで、何を
やってもウマく行かなくて。先輩や会社の人達に迷惑掛けてばかりで・・・。」
人一倍、気遣いをする元気君にとって、仲間や先輩に迷惑を掛けるって言う
のは、こりゃ何よりも辛い事だと思います。周りが、いい人ばかりで、本当に
良い職場に入れました!って喜んでた彼にとって、自分のミスで、検品だとか、
刷り直しだとかで迷惑を掛けるって言うのは、本当に辛いでしょうねぇ。
「どうやってもウマく刷る事が出来ないんですよ。裏移りしてしまったり、汚れが
出てどうしようも無く成ってしまったり。先輩達がいろいろ教えてくれるんですが
オレに能力がないから、何をやっても失敗だらけで・・・」 おいおい、今、君の
目の前に居るのは、成田大先生様だぞッ!大先生が見てあげよう。(^^)v
彼が担当してるのは、菊全の2色機です。文字物も刷れば、包装紙や、ポップ
とかも刷るって感じなんですが、チョッと珍しい印刷機で、連続給水なんだけど、
インキ壺は、分割のリモートではなく、壺ネジ方式ってヤツなんですよ。正直ね、
今時、壺ネジって、こりゃ、初心者には、ケッコウ、ハードルが高いですよね。
彼の仕事ぶりを、黙って最初っから見ていました。壺ネジ方式ですから、まず
版の絵柄を見ながら、壺ネジを触ってインキの出し量を決める。と言う作業を
しなければ成りません。私は古い人間なので、当然の様に壺ネジ経験者です。
彼の壺ネジ調整を見て、あっ、こりゃダメだな。と、不調の根源を発見しました。
ウマく行かない根源は、その時点で発見出来ていたんですが、私の目の前で
失敗作を作ってもらった方が、指導しやすいので、まだしばらく黙って見てます。
一応の色調が整ったので「これで刷り出そうと思うんですが、どうでしょうか?」
そっか、んじゃ刷り出してみようか。でも、その前に、これから刷る紙ってさぁ、
予備紙とか、在庫の紙とか、ケッコウ有る紙かなぁ?「えッ?それを聞くって
ことは、このまま刷り出したら失敗するって事ですか?」あら、イイ勘してる!
そうだね、100%失敗するよ。どんどん濃く成って汚れる。んで、それを抑える
ために、水を多くするから、乾燥不良が起こって裏移りするよ。(^^)v
「いやいや、(^^)v じゃなくて、オレ、もうすでに失敗の原因を作ってしまってる
って事なんですか? 確かに、おっしゃる通り、いつも刷り出しから濃く成って
汚れてしまいますが、ここまでの作業で見抜けてしまうんですか?」
おいおい、だからさぁ、オレは成田大先生様だぞォ~(笑)。
インキを出し過ぎなんだよ。壺ネジってヤツはね、どんだけ開けるか?って
考えるより、どんだけ絞れるか?って考えて調整するんだよ。絞り気味にして
インキ壺元ローラーの回転量を上げて、濃さを調整するってのが基本だよ。
「そこがダメだって、見てるだけで分かっちゃうんですか?」おいおい、だから
オレは成田大先生様だ!つ~の。
インキ壺の元ローラーに、呼出しを着けると、元ローラーと呼び出し間でさ、
インキが引きちぎられた模様が、元ローラーに残るでしょう。その模様を見て
壺ネジの調整をするよね。それは分かってると思うんだけど、壺ネジを開け
過ぎた状態だと、その模様が厚過ぎてインキの出方が正確に判別出来ない
んだよ。だから、端から端まで平均的に出そうと思っても、本当に平均に成っ
てるか、判断がメッチャし難いよねぇ。
今の状態から、壺ネジを締め込んで、今の半分くらいの出方にしてごらん。
ほら、こんな薄いインキ被膜だと、端から端まで、平均にしようとした時に、
出方を判断するのが楽でしょう。基本はね、壺ネジを絞る事。絶対にインキ
を出し過ぎない事。それを実行するだけで、全てウマく行くよ。(^^)v
それから数か月後、またその工場さんにお邪魔する機会が有ったんですが、
あの元気君が、明るい声で挨拶してくれました。工場長さんの話では、私が
指導してから絶好調なのだそうで、明るさが戻りました。との事。
元気君、印刷、楽しい?「メッチャ楽しいッス!」 そう、そりゃ良かった!
・・・印刷技術ってね、思うように出来れば、こんな楽しい技術はないッ!
ってくらい楽しい技術だと思います。だってね、何も無い、真っ白な用紙に、
自分の技量で色を着けて行くんですから、こりゃ遣り甲斐が有りますよ!