糸満市の学習塾
『共学院』
代表の舘内です
生徒が、問題が解けなくて教えて欲しいと、
テキストやプリントを持ってきた際に、
よく確認していることがあります。
それは、「問題文をしっかり読んているのかどうか」ということです。
文章を「目で見ている」が「読んでいない」ことが結構あります。
場合によっては、声に出して一緒に問題文の読み合わせをしただけで、
生徒自身が「あっ」とその場で気づいて、その問題の答えが分かるときもあります。
一回読んだだけではピンとこず、二回、三回と読んでみて、
初めて自分の中で意味が理解出来て、自分の頭で考えることができ、
さほど複雑ではない問題だと気づくときもあります。
声に出して数回読み上げてあげたり、本人に声に出して読んでもらったりするだけで
問題の意味や答えに気づくこともあるので、普段から漠然とした感覚で文章を見ており、
その意味をとらえることまでは、実は、できていないのではないかと感じています。
また、そこで聴覚による刺激の大切さも感じています。
「文章を読み取れない」ことの起因は、これまでの訓練不足を感じています。
小学生の宿題には「教科書の音読」が毎日あるはずですが、
ぜひ子どもたちにはその宿題をやっておいて欲しいです。
鉛筆を握って漢字の練習をすることよりも
し易いことですし、声を出すのは結構楽しいと思えることなので、
面倒くさがらずに音読して欲しいです。
「は、が、の、を、に、」などの助詞をきちんと
声に出して使っていくことで、感覚的にも使い方が入ってくると思いますし、
文章の構成も自然と入ってくると思います。
というのも、子どもたちと会話をしていて多くの子に感じることは、
話を単語のみで伝えようとしてくることがあり、言語化する力が弱いなと感じています。
また、保護者の方からもお子さまのその部分が気がかりだとお話を聞いたりしています。
「昨日塾の日だったけど来てなかったね。どうして休んだの。」
「お母さん、用事あるって、親戚の、それで、いっててから……。(うなずく)」
上記の会話は中学3年生での会話です。
こちら側が汲み取って理解してあげることは出来ますが、
文章構成的にはおかしいですし、意味も曖昧ですので、本当に言いたいことが
何なのかは理解できないと思います。
お母さんと一緒に親戚の家に出かけてしまって、塾に来れなかったのか、
お母さんが親戚の家に行ってしまい、送る人がいなくて塾に来れなかったのか、
私だったら、この二択の意味を考えてしまいどっちなのか分かりません。
なので、もう一度尋ねることになりますし、
一回で終わる会話を何度かする必要が出てきます。
下手したら「お母さんが、」の一言だけで終わってしまうような会話もあります。
たどたどしさが微笑ましいとも思えますし、相手も聞き返されることで表情が少し曇ることもあるし
時間もかかるので、こちらで曖昧に意味を汲み取って会話を終わらせてもいいかもしれませんが、
私は、相手によく分からなかったと正直に伝えて、数回会話のラリーをしています。(笑)
日ごろから発する言葉や考えることが大切だと感じているので、
ほんとうに微々たることですが、子どもたちにはなるべくその様に接しています。
生徒にとってはちょっと面倒くさい塾長かもしれませんね。
ですが、私が大学に進学して交友関係が県外・年上の方と
人付きの幅が広がったときに感じた壁の一つが、会話による「コミュニケーション」でした。
友人との雑談の様な気分のやり取りではなく、
自分の意見を伝えて、相手に理解をしてもらうような少し改まった場面での
コミュニケーションのことです。
広い世界に出て行ったときに、言葉によるコミュニケーションは
必要な能力になります。特に仕事上で必要になるでしょう。
大人になって社会人になったときに、このことはもっと実感して感じることだと思います。
なので、できるだけ少しずつでも、その部分に対しても意識を向けてもらいたいと、
思っています。
。。 。。 。。
一人一人の生徒の為に
心ある指導
『共学院』
糸満市兼城369-1
098-995-0603