遠い昔‥練馬の果てで‥エピソード19 | 立川雲水のブログ

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立川流家元のところには本当にいろんな人物が弟子入り志願に来た。今を遡ること四半世紀前、1990年代のかなり早い時期。世はまだバブルであったと記憶する。頭の中までお花畑が広がっている人物がそこかしこに居た。

その時点で20代半ばではあったであろう。立派に成人した男性。弟子にして欲しいと直訴に訪れたのだが、その日雑誌のインタビュー取材の仕事で時間に制約のあった家元は彼に「ちょっと取材が終わるまで隣の喫茶店ででも待ってろ」と言って某鰻店の座敷へと消えた。暫くしてその日の取材を少し早めに終了させた家元は鞄持ちの前座ボーイに「おい、さっきの弟子志願の奴呼んで来い」と言いつけた。「YES SIR!」とばかりに隣のサ店に走る前座ボーイ。サ店のウェイトレスさんに頭を下げながら「さっきの彼は何処じゃいな」と店内を捜すと、彼は今正にテーブルに届きたてのハンバーグランチセットを食べ始めようとしているところだった。

「あ、君!師匠が呼んでるよ」

「はい~~」(モグモグ‥モグモグ‥)

ハンバーグを切るナイフと突き刺すフォークを置く気配が一向にない。

「‥‥‥あのさ、君、師匠が君のこと待ってるよ」

「はい~~」(モグモグ‥モグモグ‥)

これは中々のタマやなと前座ボーイは呆れつつも感心した。結局多少食べるピッチを上げてハンバーグランチセットを全て平らげた弟子志願者クンは家元と対峙した。

「おめぇ何か出来るのか?」

家元が一見の素人にこんなことを言うのは珍しい。弟子志願者クンは口元のデミグラスソースを拭きながら答えた。

「はいっ!あ、あのぉ‥細川たかしは実は山羊だったというネタがあるんです!」

「何だそりゃ?やってみな」

「はいっ!🎵 私馬鹿よ メェ~~~」

「‥‥‥(前座ボーイの方を睨み)何だ?こいつ?」

「(家元の方に更に一調子張り上げて)🎵お馬鹿さんよ メェ~~~~~」

「‥‥‥‥‥‥(鼻先でフンッと哄笑しそのまま無言で立ち去ろうとする)」

「(慌てて家元に縋り付き)あの、あの、これ、絶対ウケるんです!忘年会で鉄板なんです!絶対ウケるんです!」

「俺んとこじゃウケねぇんだ!」

後をも見ずに去って行く家元の背中で彼はまだ歌っていた‥‥「🎵後ろ指ぃ~後ろ指ぃ~指されぇて モォ~~~ ってほんまは牛やったんですぅ!」

勿論入門することなく去って行った彼ではあるが何であれ立川談志の前で1ネタ演りきったのである。おそらく「心のこり」はなかったであろう。