はい、どーも!井上です!

 

 

関西を中心に精神医かつ産業医しています!

 

 

ラフな人生をめざしていきましょう(^^)

 

 

 

 

先日、このブログで

 

『差別の意識』についての記事を

 

書かせていただきました。

 

 

 

 

コメントやDMなども含めて

 

みなさんの色々な意見を

 

読ませて頂きました。

 

 

 

 

もちろん

 

簡単には結論が出るような

 

テーマではないけれど…

 

タブー視しすぎることもなく

 

これからも

 

もっと対話が必要な分野だと感じました。

 

 

 

 

人間というのは

 

立場が変わるだけで

 

同じ目の前にある景色でも

 

まったくちがって見えるわけです。

 

 

 

 

つまり

 

『相手の立場』になって考える

 

バランスの大切さを改めて

 

考えさせられましたね。

 

 

 

 

そこで

 

以前の記事のコメントなどを読んでいて

 

過去にあった”とある差別の話”を

 

思い出したので

 

今回はそのお話しをさせていただきます。

 

 



例にもれず


何か結論が出るような記事ではないですが


良かったらお付き合いください。


 


 

 

 

産業医というのは

 

メンタルヘルス不調などの従業員に対して

 

働く条件や制限を加えることが

 

少なくありません。

 

 

 

 

たとえば

 

『現状では休職までは不要だが

 

まず1か月は残業なしで


体調の様子をみましょう』

 

などの、働く”時間”における


条件をつけることは

 

めずらしい話ではありません。

 

 

 

 

はたらく時間以外にも

 

”業務内容”に

 

条件を申し出ることもあります。

 

 

 

 

たとえば

 

『この1か月はクライアントとの

 

直接的なやり取りは避けること』

 

などもあります。

 

 

 

 

メンタルヘルス不調の原因が

 

クライアントとの関係性である人も

 

少なくないので

 

産業医からそのような指示があることは

 

何となくでも理解できるかと思います。

 

 

 

 

ただ、厳密にいえば…

 

このような条件や指示のもとで働くのは

 

ほとんどの場合で

 

周りの従業員にしわ寄せがいってしまいます。

 

 

 

 

もちろん

 

周りにいるほとんどの人が

 

『お互いさまやからね』

 

って具合で受け入れてくれます。

 

 

 

 

しかし

 

かなり少数ではありますが

 

不調者の働き方に制限を加えることに関して

 

次のような疑問?苦言?を

 

大真面目に言われたことがありました。

 

 

 

 

『健康的な人は

 

病人のために少しでも負荷が

 

上乗せされるのも致し方ないって考え方は

 

健康な人への差別的な考えではないですか?』

 

 

 

 

最初は

 

『何をいってるんだ?』と思いましたが

 

相手に理解してもらうために

 

どう説明すればよいか


分からなかったです。

 

 

 

 

『まぁ…実際に


体調は良くはないので…

 

お互い様ということで…。』

 

のような、歯切れの悪い答えしか

 

こたえられなかったのです。

 

 

 


感情的にならずに対応できたのは

 

良かったかと思いますが

 

まったく論理的に返答できなかったのは

 

今でも悔しいしモヤモヤが残りますね。

 

 

 

 

ただ

 

その人の言い分としての

 

『自分の善意で


サポートするのは納得できるけど

 

外から、サポートすることを

 

押し付けられたり、強要されるのは

 

また話が違ってくることですよ』

 

という考え方も


それなりに理解できます。

 

 

 

 

人間というのは

 

損失をうけたり不利な立場になるのは

 

誰だって嫌な気持ちになります。

 

 

 

 

この話だけではないのですが

 

最近は、少数派のために

 

”多数派のほうが差別受けている”

 

という考え方は

 

かなり増えているように思います。

 

 

 

 

たとえば

 

女性を性暴力から守るために

 

女性専用車両が誕生しましたね。

 

 

 

 

しかし

 

この車両が導入される時も

 

『男性という生き物を

 

性暴力をする生き物だという決めつけ』

 

 

『被害にあう少数派の女性ために

 

多数の男性が車両1つ分の選択肢を失う』

 

など

 

”女性専用車両を作ることが男性への差別意識”

 

だという意見も噴出しました。

 

 

 

 

 

 

少数派を助けるための

 

会社の制度社会の法律

 

相対的な視点でみると…

 

多数派にとっては

 

差別されていると思う人がいるのです。

 

 

 

 

だれかが平等になることが

 

自分の損失につながるので

 

そこに不平等が発生することで

 

それが”差別”だという考え方です。

 

 

 

 

一見、この考え方は

 

理に適っているようにもみえますが

 

危険な前提が含まれています。

 

 

 

 

それは

 

多数派が我慢することで

 

『少数派における苦悩は全て解消される』

 

という前提が含まれているのです。

 

 

 

 

しかし

 

実際にそうではないのは

 

明らかですよね。

 

 

 

 

『現代社会において

 

障害者差別は解消されつつありますか?』

 

という質問をされた時

 

あなたはどのように答えますか。

 

 

 

 

障害者の人が

 

『まだまだありますよ』

 

と答えるのに対して

 

非障害者の人が

 

『だいぶ、理解が進んでいますね』

 

のように答えたりするのです。

 

 

 

 

世のなかにはたくさん不平等があり

 

それを無理に平等にするように強制される

 

余計にヒズミがでてしまい

 

そこに新たな差別意識が

 

生まれてしまうのでしょうか。

 

 

 

 

私達はみんなが

 

歪んだ不平等な世の中で生きていて

 

同じ世の中だといっても

 

違うように見える人がいることを

 

忘れてはいけないのでしょうね。

 

 

 

 

不平等は

 

不平等として受け入れて

 

どけだけ自主的に寛容になれるのか

 

大切になっていくのでしょう。

 

 

 

 

それと同時に

 

どれだけ優しく寛容に受け入れても

 

それでも…


平等にはならないという 

 

残酷な現実は残っているのだから

 

 

『寛容に受け入れてあげてる』

 

という”傲慢さ”を持てるほどの

 

大きなことではない自覚も必要でしょう。

 

 

 

 

 結局

 

『差別なんてないよ』

 

と言い切ってしまう怖さは

 

隠れた不平等を探す努力の怠慢

 

なのかもしれませんね。

 

 

 

 

では、今日はこのへんで!

 

See You Next Time Bye-Bye!!

 

=(超・超・超・大切なお知らせ… (*´ω`*) )=

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