「人は、何のために生きるのだろう?」 -3ページ目

「人は、何のために生きるのだろう?」

「自分だけの幸せ」ではなく、「誰かの幸せを自分の喜びにする生き方」にあるのではないか。
我欲ではなく、愛情を中心に生きる。
そんな生き方を、歴史や社会、身近な出来事、そして人生の「なぜ?」を通して、皆さんと一緒に考えていきたいと思っています。

なぜ人間は、自分を一番に考えてしまうのか?

前回の記事では、

「欲望は、本当に悪いものなのだろうか?」

ということを考えてみました。

 

食べたい。

豊かになりたい。

幸せになりたい。

夢を実現したい。

こうした欲望そのものが悪いわけではありません。

問題になるのは、その欲望が、

「自分さえ良ければいい」

という我欲へ変わってしまった時ではないか。

そんなことを書きました。

では、ここで一つの疑問が生まれます。

なぜ人間は、自分を一番に考えてしまうのでしょう?

自分を守ることは悪いことではない

人間は誰でも、自分を守ろうとします。

お腹が空けば食べ物を求めます。

危険を感じれば逃げます。

寒ければ暖かい場所を探します。

病気になれば治したいと思います。

これは、生きていくために必要なことです。

ですから、

「自分を大切にすること」と「我欲」は同じではありません。

ここを混同してはいけないと思います。

「自分を守る」が「自分だけを守る」に変わる時

ところが人間は、自分を守るだけでは終わらないことがあります。

もっと欲しい。

もっと認められたい。

もっと上に立ちたい。

もっと自分の思い通りにしたい。

その気持ちが強くなっていくと、

「自分のためなら、誰かが損をしても仕方がない」

という考えが生まれることがあります。

さらに進めば、

「自分が得をするために、誰かを利用する」

ことさえ起こります。

ここで、

「自分を大切にする心」が「自分だけを大切にする心」へ変わってしまう。

私は、その境目に「我欲」があるように思います。

私たちは、つい自分を中心に世界を見てしまう

考えてみれば、私たちはいつも「自分」という場所から世界を見ています。

自分が嬉しい。

自分が悲しい。

自分が腹を立てる。

自分が損をした。

自分が評価されなかった。

ですから、どうしても物事を、

「自分にとってどうなのか」

という基準で考えやすくなります。

これはある意味、自然なことなのでしょう。

しかし、その「自分」があまりにも大きくなってしまうと、相手の気持ちが見えなくなります。

立場を逆にすると、見えるものが変わる

たとえば、車を運転していて、前の車がゆっくり走っていたとします。

「もっと早く走ってくれればいいのに」

とイライラするかもしれません。

でも、その車を運転しているのが、運転に慣れていない人だったらどうでしょう。

あるいは、高齢の方かもしれません。

病院へ向かっている人かもしれません。

事情を知った瞬間、同じ出来事なのに見え方が変わることがあります。

なぜでしょう。

自分の立場から、相手の立場へ視点が移ったからです。

私は、ここに我欲を超える大切なヒントがあると思っています。

愛情とは「相手の立場に立つこと」から始まる

誰かを愛するということは、

ただ「好き」という感情だけではないと思います。

相手は今、何を感じているのだろう。

何に困っているのだろう。

何をされたら嬉しいのだろう。

そうやって、

相手の立場から考えてみること。

そこから愛情は始まるのではないでしょうか。

親が子どものことを心配する。

友人が落ち込んでいたら声をかける。

重そうな荷物を持っている人を見たら手を貸す。

どれも大げさなことではありません。

でも、そこには共通しているものがあります。

ほんの一瞬でも、

「自分」より「相手」に心が向いている

ということです。

人間には二つの方向がある

人間の心には、

自分へ向かう心

と、

他者へ向かう心

の両方があるように思います。

自分を守りたい。

自分が幸せになりたい。

それも人間です。

一方で、

誰かを守りたい。

誰かに幸せになってほしい。

そう願うのも、同じ人間です。

だから私は、人間を単純に「欲深い存在」だとは思いません。

私たちの中には、

我欲へ向かう可能性と、愛情へ向かう可能性の両方がある。

問題は、どちらを育てていくのかではないでしょうか。

「自分だけ」から「あなたも」へ

私は、我欲をなくすということは、

自分を否定することではないと思っています。

自分も大切にする。

そして、

相手も同じように大切にする。

「私は幸せになりたい」

で終わるのではなく、

「あなたにも幸せになってほしい」

を付け加える。

たったそれだけの違いですが、その違いが家庭を変え、人間関係を変え、社会を変えていくのかもしれません。

では、「愛情」とは何だろう?

ここまで、

「我欲」と「愛情」という言葉を何度も使ってきました。

けれど、考えてみると不思議です。

私たちは「愛」という言葉を日常的に使いますが、

そもそも愛情とは何なのでしょう?

好きになること?

優しくすること?

相手のために何かをしてあげること?

それだけでしょうか。

そして、もう一つ。

なぜ人間は、自分とは別の誰かの幸せを願うことができるのでしょう。

自分が得をするわけでもないのに、人を助けることがあります。

時には、自分より子どもを優先する親もいます。

そこには、「我欲」だけでは説明できない人間のもう一つの姿があるように思います。

次回は、

「愛情とは、いったい何なのだろう?」

という問いについて、皆さんと一緒に考えてみたいと思います。

最後に、一つだけ問いかけて終わります。

今日一日の中で、

誰かの立場になって考えた瞬間はありましたか?

ほんの小さなことでも構いません。

もしかすると、そこに「愛情」の出発点があるのかもしれません。

最後まで読んでくださり、ありがとうございました。