平安時代も200年も越えた頃、河辺名字(かべのみょうじ)という陰陽師がいた。
この陰陽師は西大路坊一条下ルの場所に居を構えていた。そしてちょうど大内裏を挟んで反対側の堀川坊一条下ルには同業の陰陽師安部清明が住んでおり、二人は親友だった。
ある日、河辺名字の宅に、公卿の藤原足長(ふじわらあしなが)が遊びに来ていた。
「名字よ、陰陽師というのは何がしか術を持っていると聞く。清明という人物は相当に有名だが、なにかの術を持っているのだろうか」
「もっている」
「どんな術を持っているのだろう」
「いろんな術をもっている、術だけではない。色んな体験もしているのだ」
「体験」
「これをみよ」
名字は、木箱から鉄で出来た黒く丸いものを取り出して藤原足長に見せた。その黒く丸いものには細長い柄が付いていた。
「なんだ、これは」
「フライ板(フライパン)というものだ」
「フライバン……どこで手に入れた」
「わしと清明が霊界で遊んでいた時だ。そこに現代というところに住む異界の者が現れた。」
「ほう」
「その男は白い烏帽子を被り、自らを『こっく』と呼んでいた」
「こっく……なんだかよくわからぬのう」
「現世のものにはわからぬだろう。その男が別れ際に、このフライ板をくれた」
「ほう、それは何に使うものだ」
「わからぬ、しかし、さすがは清明。このフライ板の使い方を見事に看破した」
「どういうふうに使うのだ」
「ある日、清明は仁和寺の寛朝僧正の所へ伺った時、公卿も数人来ていたらしい」
「寛朝僧正といえば広沢僧正と呼ばれる有名な大僧正だの」
「そうだ、そこで公卿が清明を冷やかした」
「何と冷やかしたのだ」
「『清明よ、陰陽師は何かの術をもっているのであろう、その術を使って一瞬のうちに、そこにいるアマガエルを平べったくしてみよ』と」
「なるほど、それでどうなった」
「清明は動じず、『よかろう』と答えて祈祷を始めた」
「それでどうした」
「『キエ~~~ッ』という声とともに、後ろに隠し持っていたフライ板をカエルめがけてたたき付けた。目にも止まらぬほどの速さでだ、そしてすぐにフライ板をゆっくりと持ち上げた」
「……」
「公卿達は思わずカエルのいた場所を覗き込んだ。しかし、そこにはカエルはいなかったのだ」
「なに、一体どこへ行ったのだ、奇怪な」
「平べったくなってフライ板にへばりついていたそうだ。清明はこれを『フライ板ど根性ガエルの術』と呼んでいた」
「ど根性……」
「『ほれ、この通り』と言ってフライ板にへばりついていたカエルを手のひらにヒラリと乗せて、公卿に見せたそうだ」
「公卿達はどうしたのだ」
「それ以来、清明は本物の陰陽師だと一目置くようになったらしい」
「フライ板とはそのような術の道具であったか、しかしさすがは清明」
「そうだ、それ以来清明はこのフライ板でカエルを殺しまくっている」
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『今昔物語』にて、安部清明が手を直接触れずにカエルを真平らにしたという記述が本当にあるらしい。
そのときにフライパンを用いたかどうかは定かではない。
【続く】