小説「絵慕の夕風」--その10(ムカデ事件)-- |         きんぱこ(^^)v  

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      砂坂を這う蟻  たそがれきんのすけ

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≪沖田≫R大3回生SFWSF


≪杉山≫R大3回生軽音絵慕のウエイター


≪今田≫R大3回生沖田と高校からの友人


≪徳永≫K教育大3回生沖田と高校からの友人


≪守野≫R大中退、プロのドラマーを目指す


《桜木理恵子》M女学院2回生守野のGF


(SF=サーフィン、WSF=ウィンドサーフィン)


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(この話は実話ですが登場人物は全て架空人物です)


第3谷口荘というアパートがあった。

二階建てでトイレは共同、風呂は勿論無しで部屋は四畳半ひと間。

このアパートに二十人が住んでいた。

家賃は月に一万円。

安いので地方の人間だけでなく地元の人間も借りて住んでいた。

守野はR大学を中退してドラマーめざして、バイトをしながらライブハウスに出ていた。

親は伏見区で小料理屋をやっている。

父親と折り合いが合わずに、ここで自力で住んでいた。

部屋には真ん中にボンボリ提灯のような電球をつけて、部屋の周りを白い布で被い、部屋の端にドラムのスティックを十本と、タウンアンドカントリーとスリーオースリー(303)のサーフボードを立てかけて、時々部屋でお香を焚いていた。

別に宗教を信じている訳ではない。

天井には蛍光の星を沢山張り付けて、寝るときにセンベイ布団から天井に光る星空を見ながら寝られる様に飾ってある。

そんなある日事件が起きた。

彼には兵庫県のM短大の彼女がいた。

リコちゃんという彼女は守野には勿体無いくらい可愛くて、しかもスポーツウーマンだった。

軟式テニスでダブルスでのインターハイ優勝の経歴を持っていた。

それとは知らずにテニスをしたことがある。
女だからと軽く見ていた。
彼女が「いきますよー」とサーブをしたときに余りの早さに、棒立ちになってしまった。

そのリコちゃんがある日守野の部屋に冷蔵庫が無いことに気付き、小さな冷蔵庫を買ってプレゼントした。

守野はひどく喜んで一緒に住む沖田や今田や杉山に「リコに冷蔵庫買ってもろてんや」と自慢した。

我々は内心「質か古物に出すなよ」と祈っていたが…。




すし

ある日曜の夜、リコちゃんと遊んだ帰りに、リコちゃんは守野に「ちゃんと食べてね」と持ち帰り寿司を買った。

守野は幸せを一杯感じながら寿司を持ってかえって一人で食べていた。

そこへ沖田と杉山が部屋に入ってきた。

「おっ、寿司やんけ、俺にもくれ」


もぐもぐ

「あかん、これはリコにもらったやつやから、残りは明日バイトに行く前に食べていくねん、この冷蔵庫に入れておいてなっふっふっ」

と、にやけて言った。

沖田も杉山もリコちゃんの事は知っているので、何か神聖なものを傷つけないように、からかうのを止めた。

「守野風呂行こーぜ」


モグモグ

「おー行こいこ」


我々は銭湯に行く準備をするために一旦各部屋に戻った。

守野はトイレに行った後、部屋に戻って急いで寿司を冷蔵庫にしまい、風呂道具(といってもタオルと石鹸とシャンプーだけだが)を持って外に出た。ちょうど徳永や今田も一緒になったので皆でガヤガヤと銭湯に向かって歩いた。

銭湯では沖田が例によって、頭にシャワーを当てたまま固まっていた。

銭湯では壁際にシャワーと温水冷水の蛇口がワンセットで並んでおり、シャワーも座ったまま浴びる。

守野はいつもそれが不思議でならなかった。

「沖田おまえ、なんでいつもシャワーかけだしたら固まんねん?」

「えっ、固まってっけぇ?」


県外の人は、京女が喋る言葉ばかりが気になる様だが、京男の会話にはやたら語尾に「けぇ」がつく。

「固まるもなにも、いつもそうやで、なんか悩みごとでも思い出すんけぇ?」

「うーん、…」

「はっはっは、ほらまた固まり出した」

「ようは分からんけど、なんかシャワーを頭にあてたら、落ち込むっちゅーか考え込まへんけぇ」

「いやあ…」

「なんちゅうか、哲学的になるゆうか、勝手に哀愁漂わせてるゆうか、ようわからんけどな」

「ははは、んーそんなことならへんなぁ」


そのようなことを話しながら銭湯を出た。

谷口荘に戻ると、皆それぞれの部屋に散った。

守野は部屋に入ってお茶を沸かしてお香を炊き、ブライアンイーノの音楽をかけて星を見ながら眠りについた。

「うわーっ」


翌朝、沖田は隣の部屋から聞こえた守野の声で目が覚めた。

「どしたん?」


暫くしてロックが外れてドアが空いた。

守野が真っ青な顔をして横たわっていた。

「どないしたんや」

「沖田、あれ、なんとかしてくれ、おれもう、心臓とまりかけて動かれへん」


よくみると、昨日リコちゃんに買ってもらった寿司の残りのイクラが畳にころがって、散乱したイクラとともにムカデがトグロを巻いて転がっていた。

しかし長らく冷蔵庫にいたせいか、ムカデは固まって動かなかった。

沖田は自分の部屋にもどり、割箸を取ってきてムカデを摘んで外に放り出した。

守野はゼイゼイしながら

「すまん、朝起きてお茶沸かして、リコの寿司食おう思てイクラを摘んで口に入れるときに…、イクラ違ってムカデやったんやぁ…」

守野はムカデの恐怖と、楽しみの寿司がたべれなかったのと、せっかく買ってくれたリコちゃんの気持に報いきれなかったことが入り混じったような顔になっていた。

暫くして気を取り戻し、バイト先に連絡をいれた。

「すいません、あの、今日ちょっと大事件があって、それで気分悪いので休ませて下さい。」


相手は身内の不幸かと思って聞き返した様だった。

「いえ、そうじゃないんですけど、朝起きたらイクラにムカデが乗っていて、私、心臓が止まるかと思って、それで、休ませてください」


わけの分からない説明で、相手は信じなかったのだろう。

守野は数日後バイトをクビになった。


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小説「絵慕の夕風」--その10--


小説「絵慕の夕風」--その1--


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