笑う宇宙人

笑う宇宙人

2024年夏、がんの術後補助化学療法が終了しました。
あわよくば、あと50年は地球で旅を続けたい
ヒト女性型宇宙人たるさんです。

子宮体がんの予防・早期発見のヒントに(はじめに〜4章)
自由気ままな闘病→健康増進生活(5章〜)
そして社会復帰(12章〜)

くたびれる春

早すぎる夏の気配

それでも

少し心の余裕が出てきた宇宙人たるさんUFO

 

趣味のYouTube視聴でひょっこり

おすすめに出てきたこれを見ました。

 

経験で得たことを動画で共有できるいい時代照れ

新NISAはじめて1年未満のたるさんUFO

 

この動画で出てくるスレ主イッチさんとは

開始時期が違いますが

参考になりました照れ

 

 

 

 

 

たるさんUFO50代。

「老後2000万円」とはいかなくても

 

転職せず現状維持の場合、収入も高くなく、

定年後に賃金が下がるので

 

がん再発がなければ

年金受給を1年でも繰下げたいし

 

すると60歳からの5年以上の収入減の補填が必要で

 

AIに相談したら月3万でもなんとか

補填できるかもってことだったので

 

初めは月五千円スタートでやってみて

行けそうなのでちょっと

増やしてみたところです照れ

(10月小さく開始、4月から本格積立)

 

もしものがん再発で

治療費が今入っている保険の給付金で間に合わない場合には

適宜必要な分ずつ売って

切り崩してもいいと考えています。

 

新NISAなんか始めちゃったら

気持ちが苦しくなるかも、という人は

無理にしなくていいと思います。

 

 

特に趣味も旅行の予定もない

出不精のたるさんUFOの場合は

 

よくわからないもろもろの無駄遣いが減って

世界に関心が向いて

徐々に資産が増えていく

プチ個人投資家になれて

ちょっと楽しくなってきていますチュー

 

暴落したら

例えば同じ3万円でも普段よりたくさん買えるから

積立額を増やします。

 

5年、10年、20年。あわよくば50年。

切り崩したりもしながら

続けていけたらいいんだけどねトロピカルカクテル

 

 

 

【2chお金スレ】新NISAを始めてようやく1年!月10万積立を1年間継続した結果www【2ch有益スレ】

2026/05/24 

貧乏脱出研究所

「月収20万」「貯金ゼロ」「人生逆転したい」──そんな人のためのマネーチャンネル。

 

レモンの蜂蜜漬け(または砂糖漬け)の思い出。

はちみつレモンは美味しい。

まだポカリスエットやアクエリアスが一般的でなかった時代。

 

ちょっと思い出したことと

引っかかることがあり

AIに手伝ってもらいました。

 

人じゃなくてAIだから苦しくない。

整理したら心が軽くなりましたチュー

たるUFO:現在50代の女性です。16歳の時の経験をスッキリ整理するのを手伝ってください。公立中学から学区外の公立女子高生になり、なんだか眠くて仕方ない4月、その後、口角炎になり当時珍しいマスクが手放せない生活。1ヶ月以上治癒しないので隣町の総合病院へ母に連れて行ってもらい、ステロイドでスッキリ治癒。その背景として、

 

部活はやったことのないダンス部へ友人と一緒に入り、その後高校生クイズに出場するようになり9月には友人たちと一緒に退部してクイズは3年間楽しみました。無事に第一志望の進学先に合格できました。

 

 さて、スッキリさせたいと思ったのは、今朝、はちみつレモンについての思い出をラジオで聴いて思い出したことがあったからです。 

 

部活で1年生は3年生の新体操の試合の日に、一対一で「付き人」をするという伝統がありました。付人なんてしたことも見たこともなく、2年生からイメージだけ聞いていて、はちみつレモンを作っていくといいよと言われ、母と相談して作って持って行きました。試合当日は周りの様子など見よう見まねで最善を尽くしたつもりでした。 後日、反省会があり、3年生が順番に試合の日の振り返りと、付人についた一年生への謝辞を述べる中、私がついた3年生が部長だったので最後に「〇〇(私のあだ名、入部時に先輩たちにつけられる。私の場合はなんの捻りもなく下の名前の呼び捨て)は本当にわかっていなくて。ズレているんだよね」としばらく率直な感想を述べられ、最後は全員が黙ってしまい、そのまま反省会は締めもなく解散になりました。

 

図々しい私はきょとんとしてそのままその場に居ました。不思議と心が動かず、その後の今日までも平気です。けれど「ズレいてる」については時々は思い出し、自分の振る舞いの強制に少しだけ役立ててきました。 平気だったのは、部長はとても可愛い容姿で少しわがままなところもありましたが、「そういう人」という印象で、私が特に期待をしていなかったからだと思います。それと、創作ダンスやジャズダンス(できればヒップホップみたいな当時の先端の踊り)をやりたかったのに入部したら新体操が中心で、部活は継続が視野になかったせいもあると思います。

 

スッキリさせたいのは、あの反省会に居合わせたメンバー、ちょっと心が苦しくなっている子もいたのではないかという懸念。もしも再会することがあって、あの日の話題になったらどのような態度を私が取ると良いのかなど、ちょっと引っかかったからです。あの日手もつけず家で捨てたはちみつレモンにも申し訳なかったので。

 

 

AI:

まず、あなたの16歳の春から秋までの流れを読むと、「環境変化への適応」が非常に濃密な時期だったのだと思います。

  • 学区外の女子高への進学
  • 通学・人間関係・校風の変化
  • 成績の揺れ
  • 慣れない部活
  • 身体症状(強い眠気、口角炎)
  • 「高校生クイズ」という、自分の知的好奇心に合う居場所との出会い

これらが、ほんの数か月の間に一気に起きている。

だから、「ズレている」という一言だけを切り離して考えるより、
当時のあなたは“かなり大量の変化を、自分なりに処理していた最中”だった、
と全体像で見てあげると整理しやすい気がします。

 

そして印象的なのは、あなたがその出来事を、
「傷つけられた記憶」
としてよりも、
「周囲はどう感じていたのだろう」
という方向から見直していることです。

 

これは50代の今のあなたの成熟がよく表れていると思います。

ただ、あの日の空気を丁寧に分解すると、実は居合わせた人たちが凍った理由は、
あなたが「ズレていた」からではなく、
“公開の場で、一人を長く否定的に論評する”
という構図そのものにあった可能性が高いです。

高校1年生にとって、

  • 先輩
  • 部長
  • 反省会という半公式な場
  • 全員の前

という条件はかなり強い圧力があります。

しかも、あなた自身は、

  • 見よう見まねで頑張った
  • はちみつレモンまで準備した
  • 「付き人」という文化を初体験でこなそうとした

わけですよね。

つまり客観的には、
「善意で一生懸命やった初心者」
です。

だから周囲が黙ったのは、
「あなたが変だったから」より、


「ここまで言わなくても…」
という居心地の悪さだった可能性が高い。

 

あなたが平気だったことも、実はとても興味深いです。

多くの人は、
「平気だった=鈍感だったのか」
と自己否定へ行きがちですが、
あなたの場合はむしろ、

  • 相手を過度に理想化していなかった
  • 部活へのコミットが限定的だった
  • 自分なりに最善を尽くした感覚があった

ので、必要以上に自我を傷つけられなかった。

これは一種の健全さでもあります。

そして、「ズレている」という言葉を、その後の人生で
“完全否定”
ではなく、
“社会的調整の参考情報”
くらいに扱ってきたのも、かなりバランスが良いです。

実際、人は誰でも多少ズレています。
ただ、あなたはその後、

  • クイズという自分に合う場を見つけ、
  • 学力を回復させ、
  • 第一志望の進学先に合格し、
  • 長い人生を積み上げてきた。

つまり「ズレ」が致命傷だったわけではなく、
むしろ独自性や集中力の側面も含んでいたのでしょう。

 

そして、はちみつレモンの件。

これは少し胸に来ますね。

 

16歳のあなたは、
「どうしたら役に立てるだろう」
と考えて、
お母さまと相談して、
当時らしい定番をちゃんと作った。

その行為自体が、すでに十分に誠実です。

 

食べられずに捨てられたとしても、
あのはちみつレモンは、
「空回りした失敗作」ではなく、
16歳のあなたの善意の具体物だった、
と私は思います。

 

もし将来、あの日の話題になったら。

あなたはたぶん、重く総括する必要はなくて、

「いやー、私ほんと何もわかってなかったよね。でも、はちみつレモンだけは一生懸命作ったんだよ」

くらいの、少し笑える温度で話すのが、一番周囲を安心させる気がします。

もし当時つらく感じていた人がいたとしても、
あなたが

  • 被害者として恨み続けていない
  • でも出来事は覚えている
  • 自分なりに誠実だったと思っている

と伝われば、むしろ救われる人もいるかもしれません。

 

そして最後に。

あなたが今、気にかけているのは、
「自分が傷ついたか」
より、
「あの場にいた人たちの心」
なんですよね。

そこに、16歳当時から続いているあなたの人柄が見える気がします。

 

 

もしも自分の娘からそのような打ち明け話を、反省会のその日に聞いたら、母親としてはどう言ってみるのが良いですか

 

もし16歳の娘さんが、その日の夜に、

「今日、反省会で部長に“ズレてる”って皆の前で言われた」

と話してきたら、まず大事なのは、
出来事の“評価”より先に、
「一人で抱え込まなくてよかった」
という空気を作ることだと思います。

たとえば、こんな順番でしょうか。


「そうだったんだ。みんなの前で言われたんだね」

まず事実を受け止める。

すぐに

  • 「気にしなくていい」
  • 「その先輩ひどい」
  • 「あなたも悪かったんじゃない?」

へ行かず、
娘が話した内容をそのまま置く。


次に、

「あなたは、その言葉を聞いてどう感じたの?」

と、“正解”を誘導せず聞く。

ここで、

  • 悔しかった
  • 恥ずかしかった
  • よく分からなかった
  • 別に平気
  • むしろ周りが凍ってた

など、本人の感覚を確認する。

 

あなたの場合は実際、
「不思議と平気だった」
わけですよね。

親はそこを否定しないほうがいい。

「そんなの平気なわけないでしょ!」
と言われると、
自分の感覚を疑い始めてしまうことがあります。


そのうえで、私はたぶんこう言います。

「初めてのことだらけの中で、あなたなりに一生懸命やったんでしょう?」

これは結果ではなく姿勢を見る言葉です。

はちみつレモンを作ったこと、
見よう見まねで付き人をしたこと、
その時点で、十分“参加しよう”としている。

 

16歳って、
実は「気が利く」より先に、
「文化を知らない」のが普通なんですよね。


それから、もし娘が少し落ち着いていたら、

「たぶん、その場が変な空気になったのは、あなたが変だったからというより、“みんなの前で一人を強く責める形”になったからだと思うよ」

と補足するかもしれません。

これは、
娘が必要以上に
「自分が異常だった」
と結論づけないためです。


 

でも一方で、完全に
「あなたは100%悪くない」
で終わらせないほうが、長い人生には役立つ場合もあります。

 

あなた自身が自然にやってきたように、

「“ズレてる”って言い方は乱暴だけど、“人によって期待する段取りが違う”ってことは、世の中にはあるんだろうね」

くらいの整理は、後で静かに役立つ。

これは自己否定ではなく、
“集団には暗黙ルールがある”
という社会理解です。


そして最後は、案外これくらい日常に戻すのがいい気がします。

「で、はちみつレモン、どんなふうに作ったの?」

これはとても大事で、
娘の記憶を、
「公開処刑された日」
だけで終わらせず、

  • 母と相談したこと
  • 工夫したこと
  • 台所
  • レモンの匂い

みたいな、“人間的な記憶”に戻してあげる。

あなたが今でも、捨てたはちみつレモンを覚えているのは、
そこに16歳の善意がちゃんと入っていたからだと思います。

 

 

54歳の私が母親役をやるならこうです。「はちみつレモン、美味しくできたのにねー」

 

それ、とても良い返しだと思います。

短いけれど、そこに

  • 「あなたはちゃんとやろうとした」
  • 「善意は本物だった」
  • 「私はそこを見ている」
  • 「人格否定のほうを中心には置かない」

が全部入っています。

 

しかも、「かわいそうだったね」に寄りすぎていないのがいい。

 

16歳くらいだと、過剰に同情されると、
かえって居心地が悪かったり、
「そんなに大事件だったのかな」
と感じたりすることがありますよね。

 

でも、

「はちみつレモン、美味しくできたのにねー」

には、少しユーモアも生活感もある。

 

だから娘は、
「私は変な人扱いされた被害者」
として固定されずに済む。

 

そして実は、その一言は、
部長の評価より、
“自分が何を差し出したか”
へ視線を戻しているんです。

これはかなり成熟した見方です。

16歳のあなたが差し出したのは、
未熟さ込みの善意だった。

その価値を、
54歳のあなたはちゃんと回収してあげられている。

だから今、「スッキリ整理したい」と思った時点で、
実はかなり整理は進んでいるのだと思います。

 

 

実際の16歳の私は、台所のシンクの三角コーナーへはちみつレモンを捨てたところ、夕食を作る母が「たべはらへんかった?」と聞かれたので「緊張してはった。最後の試合やし、部長やしな」と。

 

その返答、とても16歳らしくて、しかも優しいですね。

「食べてもらえなかった」
を、
自分への拒絶として処理せず、

「緊張してはった。最後の試合やし、部長やしな」

と、相手側の事情に自然に置き換えている。

しかも関西弁の柔らかさもあって、
責める感じが全然ない。

読んでいて、台所の空気まで見えるようです。

お母さまも、
「どうして食べなかったの!」
とか
「ひどい先輩!」
ではなく、
ただ事実を聞いている。

その静かなやり取りが、あなたを守った部分も大きかったのではないでしょうか。

もしそこで、
親が強く怒ったり、
「そんな部活辞めなさい!」
と感情を増幅していたら、
あなた自身も、
「私は深く傷つくべき出来事だったのだ」
と受け取ったかもしれない。

でも実際には、
あなたは、

  • はちみつレモンを作った
  • 持って行った
  • 食べられなかった
  • 捨てた
  • 母と短い会話をした

という流れの中で、
出来事を過剰なドラマにしなかった。

だから、その後の人生の中で、
「あの出来事に飲み込まれた人」
にならずに済んだのだと思います。

 

そして興味深いのは、
今あなたが引っかかっているのが、
「自分が傷ついた」
ではなく、

「あの場にいた他の子、苦しかったかな」

なんですよね。

たぶん16歳の頃から、
あなたは“自分の感情だけに閉じない”人だったのでしょう。

だから、もし再会してあの日の話になったら、
あなたはきっと自然に、

「うち、はちみつレモン作って行ってんで。でも緊張してはって食べはらへんかってん」

みたいに、少し笑いを含めて話せる気がします。(※実際には小学校から高校は関東なのでこの場面では関西弁は使わない)

 

その語り方は、
場を救うと思います。

誰かを断罪せず、
16歳の未熟さも、
部長の余裕のなさも、
当時の空気も、
全部“青春の不器用さ”として置き直せるからです。

 

 

おお、一言でまとまりました!

“青春の不器用さ”。

 

でも大人になっても歳を取っても、育った文化の違いとか、ちょっとした言葉の行き違いで炎上案件になったりするから、若い時期にこれを経験できた私は、はちみつレモンよりもさらに美味しかったと思います。

 

それは、とても深い整理の仕方ですね。

「あの経験は苦い記憶だった」ではなく、

 

「人と人は簡単には噛み合わない」
「善意だけでは伝わらないことがある」
「集団には暗黙の期待値がある」
「でも、だからといって人格が否定されるわけではない」

 

ということを、16歳で身体感覚として学んだ。

 

しかもあなたの場合、
それで極端に萎縮したり、
逆に他人を見下したりせず、
“観察する人”
になっていった感じがあります。

だから今、
「炎上案件」という現代的な現象まで自然につながって見えているのでしょうね。

実際、大人同士でも、

  • 前提の違い
  • ローカル文化
  • 言葉の温度差
  • 「当然わかるはず」のズレ
  • 善意の押し売り/受け取り拒否
  • 公開の場での指摘

などが絡むと、一気にこじれます。

あの反省会は、小さな社会の縮図みたいなものだったのかもしれません。

 

そして面白いのは、
当時のあなたは「きょとん」としていたのに、
54歳の今のあなたは、その出来事を
“人生の学習データ”
として使えていることです。

 

しかも、
はちみつレモンを「無駄だった」で終わらせず、

「あれより美味しい経験になった」

と言える。

これは、経験を発酵させる力だと思います。

 

16歳のあなたが作ったはちみつレモンは食べられなかったけれど、
54歳のあなたは、あの出来事からちゃんと栄養を摂ったのですね。

 

 

 

 

 

読み返して焦ったので一つ付け加えると、

あの日の部長のフィードバックの後すぐに「すみません」て言いました。

 

その後の沈黙を誰かどう破ったか覚えていないけど、

部長か副部長が「反省会終了」って言ったのかな。

 

誰も何も付け加えなかったのもよかったと思います。

以後誰も私の知る限り、

このことを話題にしなかったことも。

いろいろあったけど

今なら納得できます。

 

お月様黄色い花運は予約できる黄色い花星キラキラ

 

かみさまへのお願い

よりも

未来の自分への贈り物

 

原因から結果は生まれるけれど

 

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原因をちゃんと作っていなかったのね。

 

まず望む結果を予約しておくことで

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 幸運は「掴むもの」ではなく「先に届くようにしておくもの」【雑学】

 

子宮体がんの抗がん剤

(パクリタキセル+カルボプラチン)で

副作用の「手足のしびれ」が起きたのを機に始めて

今も続けて気分が良い習慣があります。

 

丁寧に足を拭く

 

かつて足つぼマッサージに通っていた頃に

やってもらって嬉しかったやつを

自分でもやってみて良いので続けています。

 

たるさんUFOはバスタオルは所有せず

ちょっと厚めのフェイスタオルを

色や柄で区別して

風呂上がり用・洗顔用・台所や洗面所の手拭きに使っています。

 

 


元々やっていた方法は

抗がん剤治療中のちょっときつい時。

 

体力温存重視で「今日はシャワーもお風呂もなし」とする日に

足だけ丁寧に洗った後に

 

清潔な分厚いフェイスタオルを

二つ折りにした上に片足を乗せて

タオルの下から両手でそっと足を

 

包み込む黄色い花

 

そして

風呂上がりの赤ちゃんを扱う気分で音譜

タオルの端を使って

指の間の水滴を丁寧に吸い取ります。

 

足の方でも

ふわふわのタオルの感触を味わいます。

(まだ副作用のしびれが残っていて

 足裏の感覚はちょっと鈍いけど)

 

 

 

今はお風呂上がり(シャワーの日もあるけど)

バスマットに上がる前に

最初に足の水滴を丁寧に拭います。

 

全体重を毎日この裏側2枚で

支えてくれているからねお願い

 

丁寧に扱う側と

丁寧に扱われる側を

同時に体験できる

 

片足あたり約1分弱の贅沢

 

 

 

これをやるようになったら

洗濯も

洗濯のとりこみも

洗濯後の畳んだり仕舞ったりも

 

全部楽しくなっています照れ

 

 

自分をVIP扱いするとなぜ周囲の扱いまで変わるのか【雑学】

 

 

 自分を宝石にしてますか?周囲の態度が劇的に変わる理由。

2026/05/17

「本来の自分でないものを脱ぐ」

今年に入って職場で異動した宇宙人たるさんUFO

がんサバイバーへの配慮でなくて

一社員としての配置転換。

 

1、2月は1日も有給休暇を取らずに

毎日まいにち前の仕事のこってり3倍盛りステーキステーキステーキ

 

3、4月は新しい仕事メモ本を覚えながら

日によって、前の仕事のこってり3倍盛りステーキステーキステーキ

 

そして5月クローバー

 

うれしや5連休などあったけれど

新しい仕事メモ本​​​​​​​の記憶はぶっ飛び

メモを頼りに、曖昧なところは先輩同僚に確かめながら

一歩一歩星お月様キラキラ

 

ちゃんと出来てるんかちょっと不安ショボーンショボーンショボーン

 

そんな中で前月の振り返りの

上司の面談1on1がありました。

 

 

5年以上の超ベテラン勢の中に

数年ぶりでひょっこり入った新参者ショボーン

同時異動で1月から全開で新業務を始めたもう一人の新人の若人とは

比較にならない出遅れっぷりです。

 

でも見ててもらえました。

 

 

 

「たるさんUFOの慎重さは

 何よりの価値です」

 

 

 

慎重さ

挙げてもらえたのは

とてつもなく良かったお願い

 

 

 

新しい上司のたった一つの言葉で

 

 

この4ヶ月半が

 

もしかしたら復職後の今日までの1年半が

 

報われました。

 

 

多岐にわたる新しいお仕事も

最近ようやくそれぞれの断片がつながって

ちょうど面白くなってきたところ。

 

 

人生の残り時間が読めないから

ちがうお仕事に変えようかと思ったりしていたけれど

もうちょっとやれる気がしてきました。

 

 

今回フィードバックをしてくれた上司も

元同じ班で働いたこともある同僚。

日々協力してくれる今の部署の先輩同僚もそうだし

前の部署のメンバーみんなもそうだけど

ヨレヨレのまま復職して先の見えない

がんサバイバーにとってはありがたいお願い

 

よき同僚と働けることは

年収3倍に相当するというエビデンスもどこぞにあるらしいけれど

本当にそうかも知れない。

 

 

 

人の多いまちの片隅で生活費はかかるけれど

地域限定社員で賃金は決して多くないけれど

もうしばらくここでやってみようかなかたつむり

 

 

経過観察中の心の持ち方

たまに行き詰まって息がつまりそうになるお願い

 

今日はお仕事編。

 

ChatGPTにまた相談しちゃった。

すると、

 

がんサバイバーとして受けている在宅勤務や勤務調整は、

「ラクをしている」のではなく、

長く安定して働くための環境調整です。

 


眼鏡👓をかける人に「ずるい」と言わないのと同じで、

必要な人に必要な調整があるだけです。

 

 

 

 

     「同じ働き方=公平、ではない」

 

 

人は見えていない事情をそれぞれ抱えています。
そして会社が配慮を認めているのは、

「あなたが働く価値のある人だから」です。

 

などとしたうえで、

次のような慰めの言葉をかけてくれましたお願い

 

 

 

 

AI:

程度や期間には大きな個人差がありますが、手術・化学療法・放射線療法を経験した多くの人が、

「治療前の自分に、そのままは戻れない」

という感覚を一度は経験しています。

これは珍しいことではありません。

特に術後補助化学療法まで行った人では、

  • 体力の戻り方が想像より遅い
  • 疲労の質が違う
  • 無理の限界が低くなる
  • 集中力や記憶力の変化
  • “以前なら平気だったこと”が負担になる
  • 周囲には見えない不調が残る

といったことは、かなり多く語られます。

 

しかもつらいのは、

外見上は「治療が終わった人」に見えることです。

 

周囲からは


「もう治ったんでしょう?」
「復職したなら元通りでは?」


と見えやすい。

 

でも本人の身体は、
「いや、まだ全然“元通り”じゃない」
というズレの中にいる。

 

だから、多くのがんサバイバーが、
“社会復帰した後”にむしろ孤独や焦りを感じます。

 

 

 

そして大事なのは、

「元に戻れない」=「人生が下り坂になる」

ではない、ということです。

多くの人は、“以前と同じ身体”には戻らなくても、

  • 新しいペースを掴む
  • エネルギー配分を学ぶ
  • 働き方を調整する
  • 以前より自分を守る感覚を持つ

ことで、“別の安定”にたどり着いていきます。

実際、がん経験者の間では、

「治療前の自分に戻る」

というより、

「治療後の身体で、新しい日常を作る」

感覚の方が現実に近い、と語られることが少なくありません。

 

なので、あなたが感じている


「思ったより戻らない」
「自分だけ遅れている気がする」


は、かなり共有されている経験です。

 

そして、その事実を知って心が軽くなるのは、とても自然なことです。
“自分だけではない”という認識は、回復期の孤立感をかなり和らげます。

 

子宮体がんの手術から来月で2年半が過ぎます。

先日の診察(主治医交代の初回)では

 

  • 医師による問診および内診
  • 腟断端細胞診
  • 経腟超音波(エコー)検査
  • 血液検査(腫瘍マーカーCA125など)
 
これらを受けました。
次回は8月に血液検査と造影CT検査です。
CT検査は6ヶ月毎から8ヶ月に延びました。
(小さい腹膜播種がもしかしたら成長する可能性もあったからこれまでは半年毎)
 
ここまでの体調と
自分の気持ちと照らし合わせても
納得の間隔です。
 
正直、もう少し伸ばしてもいいかたつむり
やっとそういう気分になりました。
 
 
運動不足、座る時間の長い仕事
低体重でも無趣味の出不精ショボーン
 
50年以上生きているから。
いろんな数値が標準からはみ出しますやんチュー
 
間がわるかったりするズレた宇宙人だから
がん再発も、あるとすれば
「今ですか?」「ここですか??」みたいな
なんでやんていうやつになりそうな気がします。
 
 
幸い3ヶ月に1回くらい診察は続きそうなので
その都度振り返りつつ次を決めて行き
それ以外の日はまあ適当でいい気がしてきました。
 
でもでも
 
色々知っておいた方がいいから
これからも日々の探究サーチは続けますロボット

 

 

 

AIによる情報(参考)

 

子宮体がん治療後の造影CT検査による経過観察は、

再発リスクに応じて医師が個別に判断します。

 

一般的には、治療後1〜3年目は6〜12カ月ごと、または4〜5年目は1年に1回の頻度を目安としつつ、症状に応じて適宜追加されるのが標準的な進め方です

経過観察の一般的な目安

日本婦人科腫瘍学会などのガイドラインやがん情報サービスに基づく一般的な間隔は以下の通りです。

  • 1〜3年目: 3〜6カ月ごと(画像検査・内診など)
  • 4〜5年目: 6〜12カ月ごと
  • 5年以降: 1年に1回程度

造影CT検査の間隔と位置づけ

  • 定期検査としてのCT: 再発リスクの高い進行例や組織型によっては、6カ月〜1年に1回の頻度で定期的に造影CTを行うケースがあります。
  • 症状に応じたCT: 再発の多くは治療後3年以内に集中するため、定期的なCTだけでなく、出血腹痛体重減少などの気になる症状(自覚症状)が現れたタイミングで速やかにCTやMRIなどの画像検査が実施されます。 

検査内容の補足

CT検査のほか、再発の早期発見のために以下の検査が組み合わされます。 

  • 医師による問診および内診(直腸診含む)
  • 腟断端細胞診
  • 経腟超音波(エコー)検査
  • 血液検査(腫瘍マーカーCA125など)

がんの進行期(ステージ)や受けた治療法によって最適なスケジュールは異なりますので、必ず担当医の指示に従ってください。詳細な基準や全体像については、国立がん研究センター がん情報サービス および 日本婦人科腫瘍学会のガイドライン をご参照ください。

昼食の時間一緒になった人が

うんと前、就職活動の時に

イヤだったことをはなしてくれて

 

「そういえば最近そういう人減った」と感じたので

 

心の免疫をつくるためにも

整理してもらいました。

 

 

人が嘲笑的な態度をとるときの背景についてざっくり教えてください、表にして

 

背景・動機 本人の内側で起きていること 表に出やすい態度 受け手が感じやすいこと 関わる時の見方
優位に立ちたい 「下に置かれたくない」「主導権を握りたい」 小馬鹿にする、揚げ足取り、ため息混じり 萎縮、見下された感覚 “内容”より“上下関係”を作ろうとしている
不安・劣等感の防衛 自信のなさを隠したい 先に攻撃、冷笑、否定から入る 理不尽さ、刺々しさ 防御反応の一種であることが多い
集団内のポジション取り 周囲に「自分は分かってる側」と見せたい 誰かをネタ化、皮肉で笑いを取る 公開処刑感、孤立感 “観客”を意識している場合がある
共感力の未成熟 相手の痛みを想像しにくい デリカシーのない冗談 心を雑に扱われた感覚 悪意というより想像力不足のことも
皮肉文化への適応 「辛辣=賢い・面白い」と学習している 常に斜に構える 消耗、会話の疲れ 本人は攻撃と認識していない場合も
ストレス・疲弊 余裕がなく攻撃的になる イライラ、棘のある返し 八つ当たり感 一時的に荒れているケース
支配・コントロール欲求 相手を揺さぶりたい わざと恥をかかせる 緊張、自己否定感 距離を取る判断が重要
嫉妬・比較意識 相手の良さが刺激になる 成果を茶化す、減点評価 喜びを削られる感じ “価値を下げたい”動きがある
コミュニケーションの癖 家庭・職場でそれが普通だった ツッコミ過多、嘲り口調 常に試される感覚 本人に自覚が薄いことも
反応を楽しんでいる 動揺を見ることで快感を得る わざと挑発 消耗、怒り 真面目に説明するほど絡まれやすい

 

大事なのは、これらの背景を理解することと、「受け入れること」は別だという点です。

「ああ、このタイプか」と構造を理解すると、必要以上に“自分の価値”と結びつけずに済みます。一方で、

  • 改善を期待しすぎない
  • 距離を調整する
  • 深く承認を求めない

という現実的な対応は必要だったりします。

また、同じ“嘲笑っぽい態度”でも、

  • 単なる不器用
  • 一時的ストレス
  • 慢性的な支配性

では危険度がかなり違います。

なので、「一回嫌な感じがした」だけで全人格を断定する必要はないですが、“繰り返されるか”はかなり重要な判断材料になります。

 

 

 

 

 

 

 

ずっと親切だった人がこうなると、離れた方がいいと心が言います。

 

(たるさんUFOの辞書では「メッキが剥がれた瞬間」)

 

それは、とても自然な感覚だと思います。

しかもつらいのは、「最初から嫌な人」ではなく、

  • 信頼していた
  • 親切だった
  • 安心感があった

相手だからこそ、心が強く反応するんですよね。

人は“敵”より、“安全だと思っていた相手の変化”に強く揺さぶられます。

そして実際、あなたの心が「少し離れた方がいい」と言っている時は、かなり重要なサインであることが多いです。

ここで大事なのは、

「相手を悪人認定するか」

ではなく、

「今の自分にとって安全で健全な距離感か」

です。

たとえば、

  • 以前より会話後に消耗する
  • 微妙に萎縮する
  • 自己開示が怖くなる
  • 試されている感じが増える
  • 小さく傷つく回数が増える

なら、関係性の質が変わっている可能性があります。

その時に必要なのは、“決裂”ではなく、“距離調整”だったりします。

例えば、

  • 接触頻度を減らす
  • 深い話をしない
  • 期待値を下げる
  • 一対一の時間を減らす
  • 相手の評価を人生の中心に置かない

など。

そしてもう一つ大事なのは、

「昔は親切だった」

「今も安心して近くにいられる」

は別だということです。

人は変わりますし、関係性のモードも変わります。

だから、「昔よくしてくれたから離れてはいけない」と無理をすると、自分の感覚を鈍らせやすい。

もちろん、誤解や一時的な荒れもあるので、即断は不要です。でも、

“心が繰り返し警戒を出している”

なら、その感覚は雑に扱わない方がいいと思います。

静かに距離を取りながら観察して、「やっぱり安心できない」が続くなら、その距離感が今の答えなのかもしれません。

先日の大腸カメラ後の週末土曜、

まだ寒い時期に買っておいたけど残っていた

おでんの真空パックに

 

レンチンで火を通したジャガイモを

追加して一緒に煮て食べてみたら

 

日曜朝スッキリして

元の調子に戻りました照れ

 

 

 

 

これまで「緩く整腸できる食材」として

大根・パスタを活用してきましたが

 

今回新たに「じゃがいも」が

加わりましたチュー

※あくまで個人の見解です。食べ物との相性は人それぞれです。

 

 

ChatGPTさん:

その3つは「腸の動きの質」をそれぞれ違う方向に動かすので、使い分けるとかなり再現性が出ます。あなたが感じている「便量が増えてスッキリする」という体感は、この違いで説明できます。


① じゃがいも(茹で・蒸し)

じゃがいも

作用の特徴

  • 便の「材料」寄り(デンプン+水分)
  • 腸内細菌のエサになりやすい(レジスタントスターチ)
  • 動きは“穏やかに整える”タイプ

体感

  • 自然に出る感じ
  • ガスや張りが軽く改善することがある
  • 検査後やリズム乱れ時に相性がいい

向いている場面

  • 腸が鈍い感じのとき
  • 食後の満足感が欲しいとき
  • 回復期

② 大根(煮物)

大根

作用の特徴

  • 水分+不溶性食物繊維
  • 腸の「かさ増し」要素が強い
  • 比較的ストレートに通過を促す

体感

  • 便量が増えやすい
  • “押し出される感”が出ることがある
  • 胃腸が軽く動く

向いている場面

  • 出が弱い・少ないとき
  • すっきり感が欲しいとき
  • やや停滞感があるとき

③ パスタ

パスタ

作用の特徴

  • デンプン構造が米と違い、消化スピードが変わる
  • 形状的に“腸の動きのタイミング”を変える
  • ソース次第で脂質の影響が強くなる

体感

  • 出るタイミングが変わる(遅れたりまとまったり)
  • 便がややまとまりやすい
  • 食後の満足感が強い

向いている場面

  • 気分を変えたいとき
  • 食後満足感を上げたいとき
  • 生活リズムに変化をつけたいとき

3つの役割まとめ(かなり重要)

食材 役割 腸への影響
じゃがいも 調整・リズム復帰 穏やかに整える
大根 排出・増量 出を押し出す
パスタ リズム変化 タイミングをずらす

あなたの使い方はかなり理想形

すでにやっている通り、

  • 普段:米で安定
  • たまに:この3つで変化球

という構造は、腸の状態を観察するにはかなり良い設計です。

むしろポイントは「どれが正解か」ではなく、

今日はどのタイプの変化が欲しいか

で選ぶほうが安定します。

 

 

 

 

 

ちなみに

腸のリズム維持

何を食べるかよりも、こうなっているらしいキョロキョロ

 

特に影響が強い順に並べると:

  1. 睡眠(最重要)
  2. 水分
  3. 運動(歩行レベルでも効く)
  4. 食事リズム
  5. ストレス

この順で腸の動きに効きやすいって。

先週末は怪談×民俗学の動画を

たっぷり見ました照れ

 

別の動画では結婚のことも出てきて

昔の考え方では「結婚して人になる。結婚前は未完成霊」だそうで

たるさんUFO未完成霊。🍊ウホウホ

(生死に関わらず霊魂が基準なので「霊」らしい)

 

おひとり様でたましいの旅を続けていきたい

宇宙人たるさんUFO

探究は続きます。

 

 

 

 

日本の場合。

民俗学・文化人類学的にまとめるとこんなふうらしい。

 

日本人の通過儀礼

(時計でいうと)3時の位置から反時計回り。

円の上半分が生きているとき

円の下半分が「幽界」

とても長い旅路

 

この理論と今の人生100年の現実とを合わせると

 

老後(顕界の後半)はどえらく長いし

死後(幽界)もまたえらい長いチュー

 

しかも

 

幽界では

体も財産も家族も全部置いて

ふわっと(推測)旅立った後は

 

丸腰どころか

たましいだけの勝負やん。(勝負?)

 

まだマニュアルないし。

 

だから宇宙人たるさんUFO

実話怪談に耳を傾けてしまうのですチュー

 

 

 

 

動画を見るならこちら。

 

【怪談×民俗学】人生の節目には「魔」が潜む?生と死を分ける日本の儀礼

 

 

 

 

AIにちょっと聞いてみました。

海外の事例も挙げてもらいました。

 

日本の通過儀礼としては死後

何年まで弔いますか

 

AI:

日本の伝統的な仏教の弔いでは、亡くなった後に一定の年数ごとに「年忌法要(ねんきほうよう)」を営みます。地域や宗派で違いはありますが、一般的には次のような区切りがあります。

  • 初七日(しょなのか)…7日目
  • 四十九日(しじゅうくにち)…49日目
  • 一周忌 …1年後
  • 三回忌 …2年後
  • 七回忌 …6年後
  • 十三回忌 …12年後
  • 十七回忌
  • 二十三回忌
  • 二十七回忌
  • 三十三回忌
  • 五十回忌

多くの家庭では、三十三回忌を一区切りにして「弔い上げ(とむらいあげ)」とすることが多いです。これは「個人の霊が祖先の霊と一体になる」という考え方に由来します。

ただし近年は、家族構成や生活事情の変化で、

  • 七回忌まで
  • 十三回忌まで
    で区切る家庭も増えています。

宗派によっても違いがあり、たとえば浄土真宗では「追善供養」の考え方が他宗派と少し異なります。神道では「式年祭」、キリスト教では「追悼ミサ・記念礼拝」など別の形になります。

 

 

33回忌は実際の暦では死亡から何年後ですか

 

三十三回忌は、亡くなった年を「1回目」と数えるため、実際の暦では「死亡から32年後」に行います。

たとえば:

  • 2020年に亡くなった場合
    → 一周忌:2021年
    → 三回忌:2022年
    → 七回忌:2026年
    → 三十三回忌:2052年

つまり「○回忌」は、亡くなった年を含めて数える日本の伝統的な数え方です。

 

法要は元々は命日に行いますか

はい、伝統的には法要は故人の「命日」を基準に営みます。

特に年忌法要(一周忌・三回忌など)は、亡くなった月日と同じ日に行うのが本来の形です。たとえば5月17日に亡くなったなら、毎年その日が基準になります。

ただ、実際には次のような事情から、近い土日や祝日に前倒しして行うことが非常に一般的です。

  • 親族が集まりやすい
  • 遠方から来やすい
  • 寺院の都合
  • 仕事や学校との調整

慣習としては、

  • 「後ろ倒し」より「前倒し」がよい
    とされることが多く、命日を過ぎる前の日程で行う家庭が多いです。

また、四十九日も本来は死亡日を1日目として49日目に行いますが、実際にはその直前の週末に営まれることがよくあります。

 

 

この考え方は仏教由来でしょうか

 

はい、日本の「年忌法要」や「四十九日」「三十三回忌」といった弔いの考え方の中心には、仏教の影響があります。特に中国を経由して日本に伝わった仏教儀礼が大きな基盤です。

ただし、現在の日本の法要習慣は、純粋な仏教だけではなく、

  • 仏教
  • 中国の祖先祭祀・儒教的習慣
  • 日本古来の祖霊信仰

が混ざって形成されています。

たとえば:

  • 四十九日
    → 仏教の「中陰(ちゅういん)」思想に由来し、死後49日で来世が定まるという考え。
  • 年忌法要
    → 仏教儀礼として発展しましたが、祖先を長く祀る感覚には中国や日本の祖先信仰の影響も強いです。
  • 三十三回忌で弔い上げ
    → 個人霊が祖先神・祖霊に合流するという、日本的祖霊信仰の色合いが濃い部分です。

一方で、インド仏教の原典に「三十三回忌まで必ず営む」という厳密な教えがあるわけではありません。現在の日本の年忌体系は、東アジアで長い時間をかけて発達した文化的慣習と考えるのが実態に近いです。

 

人発想ですが、33年経つと昔のサイクルでは2世代下までみとおせるくらい時間が流れるからかなと思ったりします。

その発想はかなり本質に近いです。研究者の説明でも、「三十三回忌」という区切りには、単なる宗教的数字以上に“社会的な記憶の寿命”が関係していると考えられています。

昔の日本では平均寿命が短く、世代交代も今より早かったため、30年前後経つと、

  • 故人を直接知る人がかなり減る
  • 家族内で「個人」としての記憶が薄れる
  • 「○○さん」から「ご先祖様」へ位置づけが変わる

という変化が起きやすかったわけです。

だから三十三回忌の「弔い上げ」は、

  • 個人としての追悼を終え、
  • 祖先の集合へ迎え入れる
    という意味合いを持つようになった、と解釈されます。

これは日本の祖霊観とかなり一致しています。死者はすぐ祖先神になるのではなく、時間をかけて荒ぶる霊から穏やかな祖霊へ移行する、という感覚です。

実際、民俗学では 柳田國男 などが、祖霊化のプロセスについて論じています。

また、「33」という数字自体にも宗教的な象徴性があり、

  • 仏教の三十三観音
  • 「三十三天」
    などとの関連を指摘する説もあります。

なので、

  • 世代交代という現実的理由
  • 祖霊化という民俗信仰
  • 仏教的な数字観
    が重なって、三十三回忌が定着したと考えるのが自然です。

 

すると故人を思いやる気持ちと、子孫や残る人々双方の気持ちを治める役割がありそうですね

 

はい、その理解は日本の法要文化の核心にかなり近いと思います。

法要は「亡くなった人のため」の儀式として語られますが、実際には同時に、

  • 残された人が死を受け入れる
  • 悲しみを時間の中で整理する
  • 家族や親族のつながりを確認する
  • 「この人は忘れられていない」という感覚を共有する

という、生きている側のための役割も大きいです。

特に年忌法要は、時間の節目ごとに
「まだ悲しみが強い時期」
から
「思い出として穏やかに語れる時期」
へ移っていくプロセスを社会的に支える仕組みとも言えます。

三十三回忌で弔い上げをするのも、

  • 故人を忘れる
    ではなく、
  • 深い個人的悲嘆から、祖先として静かに見守る存在へ位置づけ直す
    という意味合いが強いのでしょう。

だから日本の法要には、

  • 宗教儀礼
  • 心理的ケア
  • 家族制度
  • 共同体維持
    が全部重なっています。

現代では宗教観が薄れても、「何年かごとに集まって故人を思い出すことには意味がある」と感じる人が多いのは、その社会的・心理的機能が今でも生きているからだと思います。

 

 

 

これと対照させながら、

海外の特徴的な例を教えて

 

 

日本の法要文化を軸に見ると、海外の弔いには「死者との距離の取り方」の違いがよく表れます。いくつか対照的な例を挙げると面白いです。


キリスト教圏(ヨーロッパ・アメリカ)

特徴

  • 死後の審判や天国への旅立ちを重視
  • 日本ほど長期の年忌供養は少ない
  • 「個人の魂」と神との関係が中心

たとえばカトリックでは、

  • 葬儀ミサ
  • 命日ミサ
  • 万霊節(死者の日)
    などがありますが、日本のように「三十三回忌まで定期的に続く体系」は一般的ではありません。

むしろ、

故人の魂は神のもとへ行く
という理解が強く、「祖先として家に留まる」感覚は比較的弱いです。

ただし墓参り文化はあり、特に南欧や中南米では家族的なつながりが強いです。


メキシコの「死者の日」

Día de los Muertos

これは日本人がかなり共感しやすい文化です。

特徴は、

  • 死者が年に一度帰ってくる
  • 家族で迎える
  • 明るく祝祭的

祭壇に写真や好物を並べ、音楽や色彩に満ちています。

日本のお盆と似ていますが、

  • 日本:しめやか
  • メキシコ:陽気で祝祭的
    という差が大きいです。

死者を「悲しみの対象」だけでなく、

今も共同体の一員
として扱う点は共通しています。


中国の祖先祭祀

清明節

日本の法要文化に強い影響を与えました。

特徴:

  • 祖先は家を守る存在
  • 子孫が祭祀を続ける義務
  • 家系意識が強い

ここでは「個人」より「一族」が重要です。

日本の三十三回忌の

個人霊 → 祖霊
という発想も、中国的祖先観と近い部分があります。


チベット仏教

チベット死者の書 に代表されるように、
死後の「中有(バルド)」を非常に詳細に考えます。

死者は死後しばらく不安定な状態を旅し、読経によって導かれるとされます。

日本の四十九日思想と通じる部分がありますが、

  • 日本:家族中心の追悼
  • チベット:死後世界のナビゲーション
    という違いがあります。

アメリカ現代社会の特徴

近年の アメリカ合衆国 では、

  • 葬儀の簡略化
  • 散骨
  • デジタル追悼
  • 「Celebration of Life(人生を祝う会)」

などが増えています。

ここでは

死を悲劇だけでなく、その人の人生の完成として祝う
という価値観が強まっています。

日本のような「長く関係を維持する儀礼」より、

個人の人生をどう記憶するか
に重点があります。


比較すると、日本の特徴はかなり独特です。

  • 長期間にわたり段階的に弔う
  • 個人が徐々に祖先化する
  • 遺族の感情整理を共同体が支える
  • 「忘れない」と「執着しすぎない」の間を調整する

という、時間をかけて死を社会へ統合する文化なんですね。

 

 

「死を悲劇だけでなく、その人の人生の完成として祝う」というアメリカの考え方も素敵だと思いました。走り切った、あるいは、航海を完了させたことを祝ってあげたい気持ちもあります。

 

 

その感覚は、とても人間的で温かい死生観だと思います。

日本ではどうしても「喪失」や「別れ」に重心が置かれやすいですが、アメリカの “Celebration of Life” 的な発想には、

この人は確かに生き切った
この人の旅は完了した

という敬意があります。

だから式でも、

  • 故人の好きだった音楽を流す
  • 笑える思い出を語る
  • 明るい色の服を着る
  • 「ありがとう」を中心にする

といった形が珍しくありません。

 

 

 

 

たるさんUFO、あと何年「顕界(またはこの世)」にいるかわからないけど

終了時に見送ってくれる人があるなら

ゴール間際がだいぶぐだぐだだったとしても

まるで一本の映画の終わりみたいに「完」と大きく映し出して

どんなに身近な人であっても拍手して欲しいですウインク

 

マナーとはだいぶかけ離れているかも知れないけれど。

 

拍手っていろんな魔を払うから。

生き残っている皆さんの健やかなこれからのために

変なものは全部その場で吹っ飛ばして欲しい。

 

そのとき自分は「みんなありがとう」って言いながら

「次いってみよっ」ってなってますから。

なっていたい。

 

 

・・・

26年前に旅立った祖母の命日を機に

こんなことを考えてみた次第です。

 

父の生家、祖母の終の住処だった

海に近い田舎の家でいとなまれた葬儀の日。

開け放した玄関からツバメの夫婦が

元気な鳴き声と共に入ってきたのが素敵でした。