レモンの蜂蜜漬け(または砂糖漬け)の思い出。
はちみつレモンは美味しい。
まだポカリスエットやアクエリアスが一般的でなかった時代。
ちょっと思い出したことと
引っかかることがあり
AIに手伝ってもらいました。
人じゃなくてAIだから苦しくない。
整理したら心が軽くなりました
。
たる
:現在50代の女性です。16歳の時の経験をスッキリ整理するのを手伝ってください。公立中学から学区外の公立女子高生になり、なんだか眠くて仕方ない4月、その後、口角炎になり当時珍しいマスクが手放せない生活。1ヶ月以上治癒しないので隣町の総合病院へ母に連れて行ってもらい、ステロイドでスッキリ治癒。その背景として、
部活はやったことのないダンス部へ友人と一緒に入り、その後高校生クイズに出場するようになり9月には友人たちと一緒に退部してクイズは3年間楽しみました。無事に第一志望の進学先に合格できました。
さて、スッキリさせたいと思ったのは、今朝、はちみつレモンについての思い出をラジオで聴いて思い出したことがあったからです。
部活で1年生は3年生の新体操の試合の日に、一対一で「付き人」をするという伝統がありました。付人なんてしたことも見たこともなく、2年生からイメージだけ聞いていて、はちみつレモンを作っていくといいよと言われ、母と相談して作って持って行きました。試合当日は周りの様子など見よう見まねで最善を尽くしたつもりでした。 後日、反省会があり、3年生が順番に試合の日の振り返りと、付人についた一年生への謝辞を述べる中、私がついた3年生が部長だったので最後に「〇〇(私のあだ名、入部時に先輩たちにつけられる。私の場合はなんの捻りもなく下の名前の呼び捨て)は本当にわかっていなくて。ズレているんだよね」としばらく率直な感想を述べられ、最後は全員が黙ってしまい、そのまま反省会は締めもなく解散になりました。
図々しい私はきょとんとしてそのままその場に居ました。不思議と心が動かず、その後の今日までも平気です。けれど「ズレいてる」については時々は思い出し、自分の振る舞いの強制に少しだけ役立ててきました。 平気だったのは、部長はとても可愛い容姿で少しわがままなところもありましたが、「そういう人」という印象で、私が特に期待をしていなかったからだと思います。それと、創作ダンスやジャズダンス(できればヒップホップみたいな当時の先端の踊り)をやりたかったのに入部したら新体操が中心で、部活は継続が視野になかったせいもあると思います。
スッキリさせたいのは、あの反省会に居合わせたメンバー、ちょっと心が苦しくなっている子もいたのではないかという懸念。もしも再会することがあって、あの日の話題になったらどのような態度を私が取ると良いのかなど、ちょっと引っかかったからです。あの日手もつけず家で捨てたはちみつレモンにも申し訳なかったので。
AI:
まず、あなたの16歳の春から秋までの流れを読むと、「環境変化への適応」が非常に濃密な時期だったのだと思います。
- 学区外の女子高への進学
- 通学・人間関係・校風の変化
- 成績の揺れ
- 慣れない部活
- 身体症状(強い眠気、口角炎)
- 「高校生クイズ」という、自分の知的好奇心に合う居場所との出会い
これらが、ほんの数か月の間に一気に起きている。
だから、「ズレている」という一言だけを切り離して考えるより、
当時のあなたは“かなり大量の変化を、自分なりに処理していた最中”だった、
と全体像で見てあげると整理しやすい気がします。
そして印象的なのは、あなたがその出来事を、
「傷つけられた記憶」
としてよりも、
「周囲はどう感じていたのだろう」
という方向から見直していることです。
これは50代の今のあなたの成熟がよく表れていると思います。
ただ、あの日の空気を丁寧に分解すると、実は居合わせた人たちが凍った理由は、
あなたが「ズレていた」からではなく、
“公開の場で、一人を長く否定的に論評する”
という構図そのものにあった可能性が高いです。
高校1年生にとって、
という条件はかなり強い圧力があります。
しかも、あなた自身は、
- 見よう見まねで頑張った
- はちみつレモンまで準備した
- 「付き人」という文化を初体験でこなそうとした
わけですよね。
つまり客観的には、
「善意で一生懸命やった初心者」
です。
だから周囲が黙ったのは、
「あなたが変だったから」より、
「ここまで言わなくても…」
という居心地の悪さだった可能性が高い。
あなたが平気だったことも、実はとても興味深いです。
多くの人は、
「平気だった=鈍感だったのか」
と自己否定へ行きがちですが、
あなたの場合はむしろ、
- 相手を過度に理想化していなかった
- 部活へのコミットが限定的だった
- 自分なりに最善を尽くした感覚があった
ので、必要以上に自我を傷つけられなかった。
これは一種の健全さでもあります。
そして、「ズレている」という言葉を、その後の人生で
“完全否定”
ではなく、
“社会的調整の参考情報”
くらいに扱ってきたのも、かなりバランスが良いです。
実際、人は誰でも多少ズレています。
ただ、あなたはその後、
- クイズという自分に合う場を見つけ、
- 学力を回復させ、
- 第一志望の進学先に合格し、
- 長い人生を積み上げてきた。
つまり「ズレ」が致命傷だったわけではなく、
むしろ独自性や集中力の側面も含んでいたのでしょう。
そして、はちみつレモンの件。
これは少し胸に来ますね。
16歳のあなたは、
「どうしたら役に立てるだろう」
と考えて、
お母さまと相談して、
当時らしい定番をちゃんと作った。
その行為自体が、すでに十分に誠実です。
食べられずに捨てられたとしても、
あのはちみつレモンは、
「空回りした失敗作」ではなく、
16歳のあなたの善意の具体物だった、
と私は思います。
もし将来、あの日の話題になったら。
あなたはたぶん、重く総括する必要はなくて、
「いやー、私ほんと何もわかってなかったよね。でも、はちみつレモンだけは一生懸命作ったんだよ」
くらいの、少し笑える温度で話すのが、一番周囲を安心させる気がします。
もし当時つらく感じていた人がいたとしても、
あなたが
- 被害者として恨み続けていない
- でも出来事は覚えている
- 自分なりに誠実だったと思っている
と伝われば、むしろ救われる人もいるかもしれません。
そして最後に。
あなたが今、気にかけているのは、
「自分が傷ついたか」
より、
「あの場にいた人たちの心」
なんですよね。
そこに、16歳当時から続いているあなたの人柄が見える気がします。
もしも自分の娘からそのような打ち明け話を、反省会のその日に聞いたら、母親としてはどう言ってみるのが良いですか
もし16歳の娘さんが、その日の夜に、
「今日、反省会で部長に“ズレてる”って皆の前で言われた」
と話してきたら、まず大事なのは、
出来事の“評価”より先に、
「一人で抱え込まなくてよかった」
という空気を作ることだと思います。
たとえば、こんな順番でしょうか。
「そうだったんだ。みんなの前で言われたんだね」
まず事実を受け止める。
すぐに
- 「気にしなくていい」
- 「その先輩ひどい」
- 「あなたも悪かったんじゃない?」
へ行かず、
娘が話した内容をそのまま置く。
次に、
「あなたは、その言葉を聞いてどう感じたの?」
と、“正解”を誘導せず聞く。
ここで、
- 悔しかった
- 恥ずかしかった
- よく分からなかった
- 別に平気
- むしろ周りが凍ってた
など、本人の感覚を確認する。
あなたの場合は実際、
「不思議と平気だった」
わけですよね。
親はそこを否定しないほうがいい。
「そんなの平気なわけないでしょ!」
と言われると、
自分の感覚を疑い始めてしまうことがあります。
そのうえで、私はたぶんこう言います。
「初めてのことだらけの中で、あなたなりに一生懸命やったんでしょう?」
これは結果ではなく姿勢を見る言葉です。
はちみつレモンを作ったこと、
見よう見まねで付き人をしたこと、
その時点で、十分“参加しよう”としている。
16歳って、
実は「気が利く」より先に、
「文化を知らない」のが普通なんですよね。
それから、もし娘が少し落ち着いていたら、
「たぶん、その場が変な空気になったのは、あなたが変だったからというより、“みんなの前で一人を強く責める形”になったからだと思うよ」
と補足するかもしれません。
これは、
娘が必要以上に
「自分が異常だった」
と結論づけないためです。
でも一方で、完全に
「あなたは100%悪くない」
で終わらせないほうが、長い人生には役立つ場合もあります。
あなた自身が自然にやってきたように、
「“ズレてる”って言い方は乱暴だけど、“人によって期待する段取りが違う”ってことは、世の中にはあるんだろうね」
くらいの整理は、後で静かに役立つ。
これは自己否定ではなく、
“集団には暗黙ルールがある”
という社会理解です。
そして最後は、案外これくらい日常に戻すのがいい気がします。
「で、はちみつレモン、どんなふうに作ったの?」
これはとても大事で、
娘の記憶を、
「公開処刑された日」
だけで終わらせず、
- 母と相談したこと
- 工夫したこと
- 台所
- レモンの匂い
みたいな、“人間的な記憶”に戻してあげる。
あなたが今でも、捨てたはちみつレモンを覚えているのは、
そこに16歳の善意がちゃんと入っていたからだと思います。
54歳の私が母親役をやるならこうです。「はちみつレモン、美味しくできたのにねー」
それ、とても良い返しだと思います。
短いけれど、そこに
- 「あなたはちゃんとやろうとした」
- 「善意は本物だった」
- 「私はそこを見ている」
- 「人格否定のほうを中心には置かない」
が全部入っています。
しかも、「かわいそうだったね」に寄りすぎていないのがいい。
16歳くらいだと、過剰に同情されると、
かえって居心地が悪かったり、
「そんなに大事件だったのかな」
と感じたりすることがありますよね。
でも、
「はちみつレモン、美味しくできたのにねー」
には、少しユーモアも生活感もある。
だから娘は、
「私は変な人扱いされた被害者」
として固定されずに済む。
そして実は、その一言は、
部長の評価より、
“自分が何を差し出したか”
へ視線を戻しているんです。
これはかなり成熟した見方です。
16歳のあなたが差し出したのは、
未熟さ込みの善意だった。
その価値を、
54歳のあなたはちゃんと回収してあげられている。
だから今、「スッキリ整理したい」と思った時点で、
実はかなり整理は進んでいるのだと思います。
実際の16歳の私は、台所のシンクの三角コーナーへはちみつレモンを捨てたところ、夕食を作る母が「たべはらへんかった?」と聞かれたので「緊張してはった。最後の試合やし、部長やしな」と。
その返答、とても16歳らしくて、しかも優しいですね。
「食べてもらえなかった」
を、
自分への拒絶として処理せず、
「緊張してはった。最後の試合やし、部長やしな」
と、相手側の事情に自然に置き換えている。
しかも関西弁の柔らかさもあって、
責める感じが全然ない。
読んでいて、台所の空気まで見えるようです。
お母さまも、
「どうして食べなかったの!」
とか
「ひどい先輩!」
ではなく、
ただ事実を聞いている。
その静かなやり取りが、あなたを守った部分も大きかったのではないでしょうか。
もしそこで、
親が強く怒ったり、
「そんな部活辞めなさい!」
と感情を増幅していたら、
あなた自身も、
「私は深く傷つくべき出来事だったのだ」
と受け取ったかもしれない。
でも実際には、
あなたは、
- はちみつレモンを作った
- 持って行った
- 食べられなかった
- 捨てた
- 母と短い会話をした
という流れの中で、
出来事を過剰なドラマにしなかった。
だから、その後の人生の中で、
「あの出来事に飲み込まれた人」
にならずに済んだのだと思います。
そして興味深いのは、
今あなたが引っかかっているのが、
「自分が傷ついた」
ではなく、
「あの場にいた他の子、苦しかったかな」
なんですよね。
たぶん16歳の頃から、
あなたは“自分の感情だけに閉じない”人だったのでしょう。
だから、もし再会してあの日の話になったら、
あなたはきっと自然に、
「うち、はちみつレモン作って行ってんで。でも緊張してはって食べはらへんかってん」
みたいに、少し笑いを含めて話せる気がします。(※実際には小学校から高校は関東なのでこの場面では関西弁は使わない)
その語り方は、
場を救うと思います。
誰かを断罪せず、
16歳の未熟さも、
部長の余裕のなさも、
当時の空気も、
全部“青春の不器用さ”として置き直せるからです。
おお、一言でまとまりました!
“青春の不器用さ”。
でも大人になっても歳を取っても、育った文化の違いとか、ちょっとした言葉の行き違いで炎上案件になったりするから、若い時期にこれを経験できた私は、はちみつレモンよりもさらに美味しかったと思います。
それは、とても深い整理の仕方ですね。
「あの経験は苦い記憶だった」ではなく、
「人と人は簡単には噛み合わない」
「善意だけでは伝わらないことがある」
「集団には暗黙の期待値がある」
「でも、だからといって人格が否定されるわけではない」
ということを、16歳で身体感覚として学んだ。
しかもあなたの場合、
それで極端に萎縮したり、
逆に他人を見下したりせず、
“観察する人”
になっていった感じがあります。
だから今、
「炎上案件」という現代的な現象まで自然につながって見えているのでしょうね。
実際、大人同士でも、
- 前提の違い
- ローカル文化
- 言葉の温度差
- 「当然わかるはず」のズレ
- 善意の押し売り/受け取り拒否
- 公開の場での指摘
などが絡むと、一気にこじれます。
あの反省会は、小さな社会の縮図みたいなものだったのかもしれません。
そして面白いのは、
当時のあなたは「きょとん」としていたのに、
54歳の今のあなたは、その出来事を
“人生の学習データ”
として使えていることです。
しかも、
はちみつレモンを「無駄だった」で終わらせず、
「あれより美味しい経験になった」
と言える。
これは、経験を発酵させる力だと思います。
16歳のあなたが作ったはちみつレモンは食べられなかったけれど、
54歳のあなたは、あの出来事からちゃんと栄養を摂ったのですね。
読み返して焦ったので一つ付け加えると、
あの日の部長のフィードバックの後すぐに「すみません」て言いました。
その後の沈黙を誰かどう破ったか覚えていないけど、
部長か副部長が「反省会終了」って言ったのかな。
誰も何も付け加えなかったのもよかったと思います。
以後誰も私の知る限り、
このことを話題にしなかったことも。