その3[呪いの研究 中村雅彦]魂の暗夜シャーマンの危機◆夢違観音◆語るべからず | taroozaの不思議の謎解き 邯鄲(かんたん)の夢

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☆BLOGの話題は、精神世界とリアルな現実世界の話題です。
巡礼の旅で、危機に瀕する日本を感じました。
未来の孫たちへ、「日本人の霊的遺伝子」を繋げる責務が、今の世代にあります。

 

シャーマンの危機


いよいよシャーマンの問題に入っていこう。
シャーマニズムはおそらく人間が地上に登場して以来、もっもと古い宗教的、癒し的な技術であろう。これは人類にとって普遍的な現象であり、部族の祭祀を司る呪術師が脱魂状態や憑依状態などの変性意識状態に移行することで、さまざまな神霊、精霊、祖霊と交信し、託宣を行う一種の儀礼から構成されている。

 

  シャーマン(sharman)とは、シベリアのツングース系部族の動詞「sa」(知ること)を語源にしている。いわば「智慧者」の意味になる。文化人類学の研究ではシベリアのシャーマンには「シャーマンの病」という精神的、生理的な危機があることが知られている。


  これは、新しいシャーマンとして召される者が通過する症候群である。シャーマンの危機は、文化によって現れ方が異なるが、基本的に次の三つの体験が順に出て来る。


(1)地下世界、死者の領域への身の毛もよだつような旅と冒険
(2)天上界へ上昇していく恍惚感を伴う体験と超自然的な知識の獲得
(3)「現実世界」への帰還

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【参考】キリスト教徒の見た地獄

 地獄での23分 ~ ビル・ワイズ氏証~
https://youtu.be/G0b14JHOHo4

2015/11/25

 

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  シャーマンが通過する危機は、本質的にはファンタジックで神話的な性質を持った別のリァリティの中に呑み込まれるビジョンをテーマにしている。

その間、彼らは先祖、スピリット・ガイド 指導霊、神、鬼、そして「パワーアニマル」と呼ばれる動物霊 (熊、、ジャガー、大蛇など)と遭遇し、導きを受ける。


  こうした体験を通じて、まず古いアイデンティティを壊し、次に自然や宇宙の秩序、宇宙の創造的なエネルギーとの恍惚とした一体感を感得し、死と再生の象徴的イメージを体験して、此岸へと戻ってくるのである。


  このような通過儀礼の話は文化人類学関係の文献には必ず出ているが、これを古代の、あるいは未開の部族だけの特殊な体験ととらえてはならない。現れ方は異なるものの、現代の先進諸国においても、一定の比率でシャーマンの危機に襲われる人はいる。


  社会的・精神的状況の加速度的な変化に伴い、人類の意識が不安定になっているという認識のもとで、ヨーガや瞑想などの霊的実践をしていて、自動書記(本人の意思とは無関係に文字や絵を描く行動)やチャネリング、過去生記憶の想起、クンダリニー覚醒、憑依現象などが増加していると言われている。


  これはつまり、ニューエイジや精神世界、新霊性運動といった流れに入っていく人々にも、多かれ少なかれシャーマンの危機に類似した兆候を示す人がいるということであろう。しかし、これを本当の超個的意識領域への変容、つまり霊性の発現ととらえた方がよいか、こども返り現象と見なした方がよいかについては、
議論の余地がある。

 

  私はこれまでに四国の拝み屋や霊能者たちのさまざまな事例を見聞きしてきた。

彼らの体験談によると、これまで知り合った全員が、何がしかの形で霊的危機を経験している。しかも、その内容がグロフらの研究ときわめて似ていることから、霊的危機の概念は、四国のシャーマンにも当てはまるという感触を得ている。


  グロフらは無意識への門が開くにつれて、これまで抑圧されてきたさまざまな情動や記憶が自覚されるようになり、個人的または超個的な意識の領域から、恐怖、孤独感、狂気、象徴的な死といった要素がつぎつぎに現れるようになると述べている。『魂の暗夜』の体験と呼ばれるこの体験について、詳しく見てみよう。

 まず最初に、「あちらの世界」からお呼びがかかるという経験が生じる。
第1章で述べたように、私の知るかぎり、自分から進んで拝み屋になった人はいない。農業やサラリーマン、自営業、主婦といったごくありふれた経歴の持ち主が、ある日を境に深刻な状況に直面する。生命の危機、借金苦、生活苦、病気、家庭の不和など、過剰なストレスのかかる出来事がつぎつぎ起き、精神的に追いつめられる。


  やがて、幻視、幻聴に苛まれるようになる。別のリアリティが目の前に展開するようになり、身体感覚や知覚の異変が生じる。
この状態を何とかしょうと、病院で診察を受けたり、薬を処方してもらったり、通院・入院するようなこともあるが、なかなか好転しない。

 

 先天的な霊媒体質者の場合は、より激烈な形で霊的危機に巻き込まれる。
たとえ信仰や宗教とは無関係の仕事に就いても、結果的に人生の選択肢がつぎつぎに塞がれ、自分が一番望まない方向の仕事、つまり拝み屋を「させられる」ことになる。「させられ体験」というのは、一般の精神医学の枠組みから見ると、統合失調症的な兆候として理解されることも多い。
  しかし、彼ら身に降りかかる出来事は、まるで何かの意図に沿ってその道筋が決められているかのようなシンクロニシティを想定しないと了解しにくい面もある。

 

 次に、霊感が鋭くなる。
最初は幻視、幻聴として自分でも否認しょうとしていた現実の異変に、やがて規則的なパターンが生じるようになる。特定の場所に行くと悪寒や発熱、吐き気などを催し、身体の不調を感じる。
何者かの気配や
じっと見つめられている感じがし、ふと口から出た言葉が現実のものになる。イヤな予感、胸騒ぎが的中しやすくなる。

 

  霊媒体質者の場合、通過儀礼が始まる。
神社や仏閣を訪れたときに何者かの姿や声を幻視、幻聴するようになり、ときとして自分の意識の中にそれが侵入し、支配されそうになる。このとき、自分の生き方やこれからの方向性についての暗示的なメッセージを受け取る場合もある。


  やがて、彼らは自分を指導する霊的な存在と出会うことになる。これが「みくじ」が下がるという体験で、心の中にダイレクトにメッセージが伝わる。耳鳴りのような感覚が次第にリズム、パターンを構成するようになり、これが「内なる声」、意味をなす言葉として感じられるようになる。
  これが通常の幻覚と異なるのは、この声に従って行動すると、予言された通りの出来事が起きたり、そのメッセージに込められる内容が実現するような体験が頻発する点である。

要するに、お告げ、託宣である。

 

  この段階までくると、単なる内的体験の域を超えてしまう。
本人の目から見ると、この世界に重なる形で、別の次元の現実が目の前に展開している状態なのである。

 

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>彼ら身に降りかかる出来事は、まるで何かの意図に沿ってその道筋が決められているかのようなシンクロニシティを想定しないと了解しにくい面もある。

 

■■■世田谷観音 夢違観音と特攻観音堂

 

◆夢違観音
悪夢に恐怖する者を良い夢に変えてくださる観音様。

戦後、戦争中の記憶(トラウマ)に悩む人たちが多かった。

旧海軍病院には、傷痍軍人(精神病患者)が、戦後もそのまま入院していた。
戦争中の記憶のまま、悪夢にうなされている方の話は哀れ。

思い出したくない悪夢は、忘れてしまいたい。良い夢になることを切に願う人達が居たのです・・・居るのです。

 

 

 

戦死者を祀る靖国神社に放火した”異族”が居る。
神殿に乱入しようとした”異族”が居る。
毎年騒ぐ”異族”が居る。

 

 

戦死者を祀る神社仏閣を破壊する奴輩 は、増長して敢えて近寄る有様。(全国での放火、仏像仏具の盗難、銅ふき屋根の盗難や穢す行為)

平穏に安じてもらたいとの数多くの老いた住民の想いがパトロールとなる。

礼を逸しないパトロールに行き合ったは初めてです。

巡拝の旅では、何かが起こるようです。
涙落ちるほどありがたい。

 

 

 

>要するに、お告げ、託宣である。

 

宮は滅却

寺は荒らされ

教会から真実の人は去る

 

上記は、悪夢でのお告げ・・現実とシンクロニシティした「意味ある偶然」。゜

さらに守護するパトロールさえ目撃して、一瞬、愁眉を開きました。有り難い事です。

 

 

七日目の夢に立たれた。

卒然と現れた人物が、神々しい存在と悟りました。

願わくば・・

七日、七年、七十年目、またはあの世、そのどれかで、夢に立たれるそうな。

 

photo:01

 

>先天的な霊媒体質者の場合は、より激烈な形で霊的危機に巻き込まれる。

 

・・私の場合、リアルな世界で平穏な心を保てたのは、ひとえに「夢の一会」にあります。

 

 

>本人の目から見ると、この世界に重なる形で、別の次元の現実が目の前に展開している状態なのである。

 

■■■語るべからず


噂の「弘法(空海)大師の池」がある風景に慣れ親しんだ幼い頃、その古墳の森には不思議がありました。
今は・・池の存在を俗世に知られたくないのか、あまり話されず、ひっそりと塀に囲われている。
当時、池の中心には、清浄な水が湧き出す井戸があった。澄んだ小さな池でした。

蝶の先案内で杜の中に入っていくと、小枝が揺れ、笹がざわめく。
一陣の風が吹き抜けていきました。
笹に腰を下ろすと、なぜか左腕に小鳥たち、黄金虫、トンボ、トカゲが憩いに来ます。
私たちは何か話していたようですがw


木の上から掛かるのが、何度も目撃した虹彩の精霊です。
精霊の想念は、古墳の杜に侵入した霊的感度の低い大人が、失明する怖い存在です。


現れると風景が一変する・・
人家の気配が消え、杜は静寂に包まれた。
いま思えば、違う時代の風景でした。幻視かもしれない?
不思議とは思わなかった。空気の匂いが違う。
感情を揺さぶる匂いのデジャヴです。
*異次元(上古)の香りかもしれません。
急速な開発で家が建つと、池は汚されて井戸は朽ち、水面下に没した。
杜の精霊は去りました。
 

城山の神社で精霊との再会・・
道に迷うと現れる蝶の仲間です。
国蝶のオオムラサキに案内された日のことでした。
妻に支えられながら登った神社のご神木に、虹彩が掛かりました。
幼い頃の空気の匂いを嗅いだ。


懐かしい精霊のいる匂いがする。
まだ日本の杜にいました!

だが今は、天空には人間の顔面を穿ち、腕を喰いちぎるガルーダが飛翔している。
その気配がいたします。

日本の運命を見ているようですょ。

ブラック・ナイト・サテライト(黒騎士の衛星)-

 

 

その4に続く・・