■銭湯に「出歯亀」は付き物 湯屋の思い出その4 | taroozaの不思議の謎解き 邯鄲(かんたん)の夢

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巡礼の旅で、危機に瀕する日本を感じました。
未来の孫たちへ、「日本人の霊的遺伝子」を繋げる責務が、今の世代にあります。


 
  江戸の湯屋・ページ4




江戸時代から銭湯は「ゆや」と呼ばれていました。古い気質の祖父は、もちろん口にするのは湯屋です。
私も家の商売を訊かれても「湯や」と答えてしまいます。
大人でも理解できないようなので「銭湯」と言い直していました。

銭湯の悩みは女湯覗きの出歯亀です。
「出歯亀」とは、明治の頃、女湯のぞきの常習犯、池田亀太郎という出っ歯の男のについた渾名です。

江戸時代の湯やなら男女混浴でした。(男女別の時期は少ない)
あまり女性客を眺めるのは野暮といわれて江戸っ子の恥。
明治になると完全に銭湯では男女別になりました。

ある日、黒塀の植え込みに隠れている「出歯亀」に気付いた女客の知らせで、男衆が捕まえたことが゛あります。大概お説教して警察沙汰にしないで放免していました。(二度目には突き出すと叱ってます)

「女湯に三助がいるではないか」と口答えする輩がいましたね。
叩き出しました。(笑)

しかしながら困るのは、間違えた振りして女湯の出入り口から入ってくる酔客です。
下駄箱のある出入り口は男女別です。男湯の入り口に廻ってくださいと強く言いますと・・消えてしまった。ドロン~♪
入り直すのは稀ですね。。湯銭を番台に置いたまま(笑)

番台と裏の賄い兼作業場の家人とはインターホンで繋がっていました。
すぐ駆けつけられたのです。

笑えない大きな問題は、基地の米兵でした。
基地の兵隊は公衆浴場に立ち入り禁止です。
戦後色々とトラブルがあったからです。
それでも新しい若い兵隊が好奇心で入ってくることがあったのです。

「Off-limits」の紙を見せました。
子供の私の役目です。
(*米軍基地に軍属として勤めていた叔父から渡された。兵隊には効果絶大)
大人が集まると大事(おおごと)になるからでしょう。



 
【動画】日蓮宗お会式の纏(まとい)

兵隊上がりの男衆がいた頃なら大変でした。
纏(まとい)を軽々振り回す腕節があり、薪なども簡単に割りました。団結力もあった。

終戦後まもない頃、
公衆浴場を叩き出された米兵が、仲間を連れて武器を持ち出し、警察署に乗り込んできた事件がありました。まだ警察官が拳銃の武装をしていない時期です。
女湯の脱衣所内を歩き廻って大騒ぎになった件が原因です。
なぜかこちらに来ずに、立ち会った警察署に乗り込んで暴力沙汰を起こしたそうです。

卑劣な「出歯亀」が恥ずかしかったのでしょう。
八つ当たりして警察をターゲットにしました。

平穏な生活を守るのは、「真っ当な意思と、力の団結」ですね。

本日、初詣してきました。
平穏な生活の祈念です。